浜での表彰式の後、広報誌や地方紙向けの写真撮影、インタビューなどが行われ、次いで海沿いのホテルに場所を移してのパーティが行われた。
とにかく長かった。
なにせ、昼前には終わった大会なのに、全プログラムが終わって解放されたのは、夕方になってからだったのだから。
だが、目的の海妖退治が無事果たされ、予定通り明日から海水浴場が再開できるとあって、執行委員たちやパーティ参加者たちは皆、笑顔だった。
ならまぁいっか。
そんな中、わたしがもらった優勝賞金が百万リール。
ずいぶんと大盤振る舞いするものよね。
入賞六位までの賞金を合計すると二百万リール。
当然のことながら税金から
夕方になって祝勝会会場を出たわたしはその足で町の食堂に入り、ホクホク顔でちょっと豪勢な晩ご飯にありついた。
いやいや、別に食いしん坊なわけじゃないわよ? 優勝者だけあってひっきりなしに話しかけられて、申しわけ程度の軽い食事しかとれなかったのよ。
そしてようやっとお腹が落ち着いてきた頃、テーブルに貧相なオジサンが現れて言ったのだ。
「我々を助けてもらえませんか? 大魔法使い……エリンさま」
◇◆◇◆◇
煮込みの椀に突っ込んでいたスプーンを持つ手を止めたわたしは、テーブル越しに立つオジサンを見上げた。
見た目は五十代の中肉中背。
ちょっと古びたグレーのスーツ。薄くなった髪。シワが深く入った顔。
実にこう……お疲れオーラ全開というか、この年代のオジサン特有の人生の閉塞感がバシバシ伝わってくる。
絵にするなら絶対タイトルは『苦労人』だ。もしくは『誰も引き受けてくれないから仕方なく町内会長をもう一年やることにしました』あたりかな、あはは。
ともあれ、話を聞かないわけにもいかないでしょ。断ったら自殺しかねないほど思いつめた目をしているもん。
あーあ。お椀の中身、まだちょっと残っていたんだけどな。
仕方なくわたしはスプーンを置くと、男に対面の席に座るようジェスチャーした。
男が一礼して座る。
「大ってほど凄い魔法使いじゃないけど、とりあえず聞くだけは聞くわよ。話してよ」
「ありがとうございます。私はガムの町長・カルロ=ジャンニと申します。エリンさまはガム島はご存じですか?」
「ガム島? ここから船で二、三時間行ったところにある島だっけ? 確か温泉で有名なところだったわよね?」
ジャンニがうなずく。
「その通り。ガム島はイスラ山の噴火によってできた島で、地下水系を通って町のあちこちで温泉が吹き出しております。そのお陰で、住民のほとんどが観光業をなりわいとしております」
「まぁ、そうでしょうね」
そのくらいのことは知っている。一般常識だ。
「ところが半年前、いきなりお湯が出なくなってしまったのです」
「……温泉が枯れた? そんなはずはないわ。だってイスラ火山はまだ生きているし、島の地下水系だってそう簡単に枯れるような水量ではないはずよ?」
わたしの知識ベースは石化する前――五百年前のものではあるが、意外としっかり覚えていた。
王宮にいたとき、イーシュファルトの王族として世界の様々な情報を叩き込まれたのだ。その中には当然、地理も含まれていた。
「そうなんです。専門家もおおむね同意見でした。ですが、今現在お湯が出ないことは確実なのです。そしてその理由も皆目見当がつかない。お陰で今、島は
「なるほど。つまり町長さんはわたしに、
「えぇ、えぇ。その通りです! あの海妖退治大会で優勝したあなたさまなら、きっと何とかできるはず! 無事温泉が復活したあかつきには、二百万リールの謝礼金をお出しします。いかがですか? 引き受けてはいただけませんか?」
「二百万!?」
二百万といえば、今回の大会賞金の倍額だ。
温泉が枯れて閑古鳥が鳴いている観光地が出せる金額にしては大きすぎる。
逆に、それくらい出しても惜しくないくらい切羽詰まっているってことだろうか。
でも、美味しい話ではある。
「よし、その依頼、引き受けたわ! 出発は? すぐ?」
「ありがとうございます! ですが、夜に海を渡るのは大変危険でございますので、翌日出発といたしましょう。明朝九時、港でお待ちいたしております。もしも準備が必要であれば本日中に済ませておかれますように」
ジャンニ町長はわたしに向かって深々とお辞儀をすると、去っていった。
わたしが引き受けて安心したのか、その
普通ならこれで、今夜はゆっくりと休み、明日からの冒険に備えるのだろう。
ところがこの夜は、これだけでは終わらなかった。
「あ、ごめんなさい」
会計を済ませて店のスライドドアを開けたわたしは、お店の
軽く謝罪をしつつ脇を通りすぎたわたしに向かって、背中から声がかけられた。
「おやおや、これはこれは。なんと大会優勝者さまじゃねぇか」
「ん?」
振り返ったわたしの視線の先にいたのは、両刃斧を背中にかついだ巨漢――
◇◆◇◆◇
「あんた……六位の?」
「悪かったな、六位で!!」
それは、金髪のソフトモヒカンで顔はいかつく、濃緑のタンクトップに青いデニムのズボンと茶色のブーツを履いた大男だった。
タンクトップを着ていてさえその下のぶ厚い胸板が透けて見える。
腕なんか血管が何本も浮かんで、わたしの胴より太い。
見た感じ、薬を使用した見栄え重視の筋肉じゃなく、本物の筋肉のようだ。ガラが悪いように見えて、ちゃんと鍛えているみたい。感心感心。
どうやらドリトスは、わたしがこの食堂を出るまさにそのタイミングで入店しようとしていたらしい。
そんなドリトスに付き従うのは、大会で避難の声かけをした魔法使いの老婆だ。
年季の入っていそうな灰色のローブを着ている。
だが、大会で見たときは結構な老婆に見えていたのに、こうして間近で見ると妙に若く感じる。
どうやら戦闘用メイクのせいで誤認してしまっていたようだ。
ドリトスもメイクを綺麗さっぱり落としているせいで、今はかなり若く見える。下手したらまだ二十代かもしれない。
「ちょうど良かったぜ、お嬢ちゃん。色々あんたには言いたいことがあったんだよ」
「なによ?」
何が起こったかと、道行く人々が足を止め、じろじろとわたしたちを見ていく。
だが人々は、ドリトスの巨体を見て介入はヤバいと思うのか、遠巻きに通りすぎるばかりだ。
「ちっ、ここじゃマズい。ちょっと来い!」
「触らないで」
「こんのくそアマぁぁぁ……」
ドリトスは親の仇でも見るような目でわたしを睨みつけた。