先ほどまでいた飲食店のまさに目の前で、わたしと両刃斧使いの巨漢・ドリトスは、戦闘に突入した。
大通りゆえに、あっという間に大勢のギャラリーが集まる。
とはいえ、さすがにこんな町中で武器は抜かない。お互いそれぐらいの常識はある。
「ババァ、持ってろ!!」
ドリトスは背中に背負った両刃斧を外すと、
見るからに重くて普通なら取り落としそうなものだが、慣れているのか女性は造作もなく斧を受け止めた。
次の瞬間、わたしはドリトスの右のふくらはぎ目がけて左のローキックを放った。
「女性に『ババァ』なんて失礼な呼び方をするな!」
バシィっっっ!!!!
わたしの先制攻撃が綺麗にヒットする。
「痛ぇ!! やりやがったな、この野郎!!」
うなりを上げて迫って来るドリトスの右ストレートをかい
「女の子に向かって『野郎』だなんて失礼な呼び方をするな!」
バシィっっっ!!!!
ドリトスが足の痛みに顔を歪める。
「ぐがっ! ちっくしょう、ちょこまかと! これならどうだ!!!」
ドリトスが渾身の左ストレートをわたしの顔面にお見舞いしようと腕を振りかぶった瞬間、右足がカクンとくだけ、その場に膝をついた。
予想外の事態に、ドリトスの目が大きく開く。
「なっ!?」
ドリトスの視線がわたしからそれた瞬間、わたしの右のハイキックがドリトスの顎をかすった。
黒いゴスロリ服が大輪の花のようにたなびく。
わたしがドリトスの方に向き直ったのと同時に、ドリトスは白目をむいて、ゆっくりとその場で横倒しになった。
見るまでもない。完全に気を失っている。
「兄ちゃんどうしたー! もうダウンかー!?」
「女の子に負けて情けないぞー!!」
ギャラリーから無責任に
「敗因は足のダメージ。女の子と舐めてかかるからそうなるのよ。……って気絶して聞こえてないわね。んじゃ、お仕置きがてら、もうちょっと痛い目を見てもらうとしましょうか。 ラミーナルーキス(光の刃)!」
振り上げたわたしの右手が、光を放つ。
光と化した手刀をドリトスの無防備の背中に叩きつけようとした瞬間、ローブの魔法使いが素早く割り込み、ドリトスに覆いかぶさった。
「そこまでにしておくれ! お嬢ちゃんすまない。こんなんでもあたしの息子なんだ!」
「息子? あんたたち、親子だったの!?」
わたしは口をあんぐり開けて、その場に立ち尽くした。
◇◆◇◆◇
わたしとローブの魔法使いは、すぐ
そのまま放っておくわけにもいかないので、ギャラリーにお願いしてドリトスを隣のベンチまで運んでもらったのだが、こちらはまだ気絶したままだ。
「あたしはマリア。マリア=ピナルディだ。よろしくね、お嬢ちゃん」
「こちらこそよろしくです、マリアさん」
わたしはローブの魔法使い――マリアと握手をした。
敵意はまるで感じない。それどころか、とても温かい気を感じる。
戦闘用メイクを取った今は、尚さら、とても優しそうに見える。
「あたしは若いころ、旦那と二人で冒険者をやっていたんだよ。色々旅をしたが、旅の途中で旦那が亡くなってね。
わたしはマリアの
ダウンしている息子ドリトスを横目で見ながら、マリアが続ける。
「父親ゆずりのヤンチャな子だったから周りに迷惑かけまくりで苦労したんだが、あるときこの子が冒険者になるって言い出したんだよ。父親の形見の両刃斧を手に持ってさ。冒険者稼業なんて、とてもじゃないが勧められるものじゃないんだが、一度決めたことを
「なるほどね……」
こんな脳ミソまで筋肉でできていそうな巨漢でも、父親の後を継ぎたいとか、可愛いとこあるじゃない。
まぁそれだけ筋肉があっても、わたしの蹴り二発で沈む程度の実力しかなかったわけだけど。
「そんなこんなでやってきたんだが、路銀が乏しくなってきたところであの大会が開かれてね。賞金を獲得するべくこの子も張り切ったんだが、あんたのような可愛いお嬢さんに全部持っていかれちまったからね。やるせなかったんだろうさ」
「あら、わたしが優勝したのはそれだけの実力があったからよ? 息子さんの頑張りとは無関係だわ」
「だね。だがあんたの『味方ごと敵を吹っ飛ばす』という魔法の使い方も、あんまりほめられたもんじゃないね。乱戦では役割を決め、味方の邪魔にならないよう効果的に魔法を使うのが鉄則だ。一人のときにどう戦うかは好きにすりゃいいとは思うがね」
グゥの音も出ない。
思わず、傍に突っ立つ白猫アルと目を合わせる。
アルが無言で肩をすくめる。
「……そうね。確かにボス戦で参加者を危険に晒してしまったのはわたしの落ち度だわ。久々に派手に魔法をぶっ放せると思って調子に乗っちゃったみたい。ごめんなさい」
「強ければ強いほど、戦うときは周りに気を
わたしは笑顔のマリアと再び握手を交わした。
とそこで、ベンチで寝ていたドリトスがガバっと上半身を起こした。
よだれの跡がベットリついた顔でボーっと周りを見回す。
「う、うぅ……。んあ? お袋ぉ、俺どうしたんだっけ……。まーた酔っ払ってやらかしちまったか?」
「多少酔っ払ってたようだけど、記憶をなくすほどじゃなかったわね」
冷たく言い放ったわたしとドリトスの目が合う。
寝起きで死んでいたドリトスの目が徐々に正気を取り戻していく。
「くぁ! お嬢ちゃん!? うぬぬぬぬ、俺はまだ負けてねぇぞ! まだやれ……あ、あらっ」
ドスン!!
右足に受けたダメージがまだ抜けていないようで、ドリトスが足をもつれさせてその場に転ぶ。
その様子を見たマリアが軽くため息をつく。
まだまだ修練が足りないとでも言いたいのかもしれない。
そんなマリアを見ていて一計を案じたわたしは、ドリトスとマリアに言った。
「ね、ドリトス、マリアさん。わたし今、依頼を一つ抱えているんだけど、ちょうどアシスタントが欲しいと思っていたところだったのよ。もちろん危険な任務だからそれなりの金額を払うわ。どう? やってみない?」
「なにふざけたこと言ってやがるんだ! 見てろ、足が回復し次第、再戦を……」
「引き受けましょう、お嬢さん」
「お袋ぉぉ!?」
ドリトスの視線がめまぐるしくわたしとマリアとを行ったり来たりする。
そんな息子を見て、マリアが苦笑いする。
「路銀も少なくなってきたことだし、願ってもない申し出じゃないか。それに、お嬢ちゃんは次の課題としてはちょうどいい。今回は、砲台タイプの後衛を護りつつ敵に切り込む前衛の立ち回り方ってやつを学ぶんだ。いいね?」
「ちっ。しゃあねぇなぁ」
納得いかなくても母親には従うタイプらしい。
冒険者の先生として、それなりに尊敬しているのだろう。
わたしはニコっと笑って、マリア・ドリトス親子に指示した。
「じゃ、交渉成立ね。明朝九時に港で会いましょう。行き先はガム島。しっかり寝て体力を回復しておきなさい!」
こうしてわたしは、ドリトスたちと一緒にガム島の攻略をすることになったのであった。