「おっとっと、あぶないあぶない。うっふふー。あははははー」
いやぁまいった。心も身体もふわふわしちゃって、テンションアゲアゲだわ。ほんと、お酒って最高!
などと、冒頭から上機嫌なわたしは心地よい潮風に吹かれながら、灯台へとつながる石造りの橋を歩いていた。
薄っすらと
一つ詩でもひねりたいくらい幻想的な風景だわね。
「ちょっとおいエリン、酔いすぎだっての。そんなところに上がるんじゃないよ。危ないだろ」
海への落下防止のために設置された石造りの
「平気だってば。この程度の高さ、なんでもないわ。あはははは」
だって欄干の高さはたかだか一メートル半。幅だってせいぜい二十センチ程度よ? それが海に向かってまっすぐ続いているんだもん、歩きたくもなるってもんでしょうよ。
「そりゃボクだって普段のエリンなら止めないけど、今のキミは酔っ払って完全に
確かにわたしは酔っているけど、言うほどではないわ。ん? どれくらい飲んだのかって?
えっと、
「今、なにか言ったか?」
「別に? なにも?」
アルが横目で
いやね、最初は飲むつもりはなかったんだけど、夜景を見ながら食事をしていたら、なーんか飲まなきゃいけないような気分になってきちゃって、つい。
「それにしても、さっすが高級リゾート地よね。景色はいいし気候は穏やかだし食べ物は美味しいし。こりゃ天国だわ」
「それだ、それそれ! さっきエリン、結構な額の料金を支払ってなかったか? いつもの倍以上だったろ?」
アルが渋い顔をする。
確かにちょっとお高めだったけど、たまにはいいじゃんね。
「あら、ここは超高級リゾート地なのよ? それに、さっきのレストランの料理は金額に見合った素晴らしい味だったわ。
「金があるからってそうやって無計画に無駄遣いしていると、あっという間に貯金なんかなくなっちゃうんだからな」
「はいはい。アルは真面目なんだから」
わたしは欄干の上で立ち止まると、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。
磯の香りが
この街の名はルワント。
ルワント共和国の首都で、歴史のあるちょっと小じゃれた街なんだけど、観光地として有名でね。
なんと、真っ青な海に囲まれた真っ白な街なのよ。
地理的には半島の先っちょ――海沿いに立つ街なんだけど、国の法律で建物が白い壁と青い屋根で統一されているの。
そんな建物が丘の斜面に段々状に立ち並ぶものだから、海から眺めるとまぁ綺麗なこと綺麗なこと。
朝日に照らされる街も綺麗だし、夕日を受ける街並みも綺麗だし、夜、灯りが灯った街は百万リールの夜景と言われるほど綺麗だしと、一日……ううん、一年通してため息が出るほど美しい街なのよ。
ただそのぶん地価は高く、観光業をなりわいとする昔からの住民かお金持ちしか住んでいない印象ね。いわゆる高級リゾート地ってやつ。
海に近い辺りはレストランやショップ――言っておくけど食堂や商店じゃないわよ? 頭に『高級』ってかんむりがつく店ばかりなんだから――が立ち並び、山の方に上がれば上がるほど豪邸やホテルが建っているの。
ちょっとしたお土産でも普通の街の倍近くの値段がするけど、それだけの価値のあるものしか売っていないから仕方ないわよね。
おかげで、観光客はお金待ちばっかり。
酔いを醒ましつつ景色を楽しんでいたわたしの視線が、道の突端にある灯台の屋上に立つ人影をとらえた。
そういえば、街に入ったときにもらった観光用パンフレットに屋上が無料解放されていると書かれていたわ。
カップルに人気のデートスポットらしいんだけど、どう考えても営業時間はとっくにすぎている。さては無断で入ったわね。
「どこのバカップルかしら。違法に入ってサカってんじゃないわよ、まったく」
ところが、灯台を見たアルが急に立ち止まって
「いや、ありゃ一人だぞ。この周辺にはボクらとあの人の他には人の気配がない。代わりに妙な気配がするけど……あ!」
灯台の屋上にいた人影が海に向かって落下した。
下は海とはいえ、結構な高さからの墜落だ。怪我どころか一歩間違えると死にかねない。
一瞬の判断で橋に飛び降りたわたしは、お酒で笑う足を踏ん張りつつ、そのまま灯台に向かって走った。
一気に酔いが去る。
とはいえ距離はまだ二百メートル以上ある。このままでは間に合わない。
「風精召喚! コナブラヴェンティ(風のゆりかご)!」
走りながら懐から短杖を抜き出したわたしは、宙に魔法陣を描いた。
今回使った魔法は、効果範囲内の任意の場所に空気のクッションを出現させるものだ。
現場まではまだ遠いが、天才美少女魔導士たるわたしにとっては、余裕で適用範囲内だ。
魔法が発動し、無事着水前に空中キャッチできたことを感じ取ったわたしは、ホっとしつつ足をゆるめた。
あとは近くまでいって細かい操作をすればいい。
そのとき――。
わたしの視界の隅に何かが写った。
いつからそこにいたのか、石の欄干に誰かが座っている。
そちらに気を取られた瞬間、わたしは何かを踏みつけた。
ブーツの足裏ごしにグニュッと柔らかいものを踏んづけたような感覚が広がり……次の瞬間、足を取られたわたしは綺麗に天地逆さまになった。
時間がゆっくりと流れる中、わたしの視線がそれを捉える。
黄色い物体。
家庭の食卓でも、商店の店先でも、それこそどこにでもある黄色い皮をした南国の食べ物――。
「……バナナ?」
「くっくっく。あーっはっはっはっはっは!!」
盛大に宙を舞ったわたしは誰かの笑い声を背中に聞きながら、なぜだかちょうど壊れていた欄干の隙間をすり抜け、勢いよく海に落下したのだった。