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第69話 ドミトリ=ドーファン

 高級リゾート地ルワント――。

 この街ではお金持ちほど高い場所に住んでいる。

 理由は言うまでもなく景色だ。

 ちょっと高台に上っただけですぐ分かる。


 眼下に見えるは太陽に照らされた白い壁と青い屋根の建物群。そして、更にその先に広がる真っ青な海。


 ため息が出るほど美しい。

 昼でさえこれだけ美しいのに、夜ともなると、百万リールの夜景と呼ばれる素晴らしい世界が見れるという。


 観光客向けの高台でさえこれだけの景色を堪能できるのだ。

 ましてや、更に上に位置した高級住宅街から望む景色はどれだけ美しいのか。

 だが、それを我が物とできるのは、この検問の先に行ける者だけだ。


「なるほどね。金持ちたちの特権ってやつか」


 巨大ヒヨコパルフェに乗って高台から山道を更に上へ上へと進んで来たわたしの目の前に、不意に検問が現れた。


 鋼鉄のゲートにポリスボックス。

 支配者層でもあるこの先に住む金持ちたちによって共同で作られた検問だ。

 上への道はこの一本しかないから、先に進みたい者はどうしたってここを通らざるを得ない。


 わたしの接近に気づいた私設警備隊がゲート脇に設置されたポリスボックスから続々と出てきて、ゲート前に列を作った。

 都合、五人だ。


 ただでさえ屈強そうな男たちが、剣や斧など物騒な武器を手にしている。

 一目で分かった。

 この警備兵たちはお飾りじゃない。

 その証拠に、まるで使い慣れた武器を手にした者のように持ち方がさまになっている。

 おそらく、実戦経験がある本物を、わざわざ高給で引き抜いたのだろう。


 さぁて、どうしたものかな。……ん?


 考えながら、パルフェにまたがり近づいていくわたしを見る男たちの目が、みるみる緩み、さっきまでキっと結んでいた口が、よだれを垂らしそうなほど、だらしなく開いている。


 無理もない。

 今のわたしの格好は胸の谷間が丸見えの、身体にピッタリ張りつく黒いオフショルダーワンピースだし、スカートのすそなんか、膝上二十センチはある超ミニときている。

 パルフェの背で隠れてなかったらスカートの中身が丸見えだわ。

 夜の店のお姉さんがたは、よくこんなきわどい服を着ていられるわね。


 こちらに向かって歩いてくる警備兵たちが、同僚を肩で牽制けんせいしつつさりげなくわたしの正面を確保しようとしている。

 場所取りが露骨だってば! バレてるってば!!


 いかにわたしが超絶美少女だとて、そこまであからさまな性的視線を向けられるとさすがに気分が悪くなる。

 このスケベ親父どもが、そんなにわたしのスカートの中身が見たいのか!


「あー、お嬢さん。どこのお屋敷に呼ばれたんだい?」


 先頭に立つリーダーらしき中年警備兵が、空いた左手でさりげなく髪を撫でつけながら声をかけてきた。

 普段なら厳しい誰何すいかの声となるのだろうが、今は完全にナンパ目的の猫なで声だ。

 そんなことしたって、全然カッコよくないわよ。


「ドーファンさんのお屋敷よ。連絡受けていない?」


 ドーファン――それが、古美術商ロジエ=イフニールから書物類を購入した富豪の名だった。

 よりにもよって、悪魔の書を購入してしまうとはね。

 でも、資格がない人が開いたところで、ページが真っ白で何も読めないと思うけど。

 大量に購入したせいで、中身の確認が終わっていないのかしら。


 わたしの言葉を受けて、警備兵たちが素早く視線を交わす。

 やがて先ほどのリーダーが苦笑いを浮かべながら言った。


「ドミトリ坊ちゃん依頼の、追加の高級娼婦コールガールか。やれやれ。必ず連絡をくれと言っているのに。まぁいいよ、行きな」

「ありがと」


 二十代とおぼしき一番若い警備兵が、いそいそとゲートを開ける。

 そのときだ。


「ちょっと待ちな!」


 パルフェに乗ったまま平然と通り過ぎようとしたわたしに向かって、リーダーが声をかけたきた。

 少し緊張しながら振り返る。


「なにか?」

「お嬢さん。……あんたとんでもない美人だな。よだれが出そうだぜ。……一晩いくらだ?」


 わたしはズッコケそうになりながらも冷静を装って答えた。

 ここは、高級コールガールになりきらなくっちゃ。


「聞くだけ野暮よ。あなたの給料程度じゃとてもじゃないけど払えないから」

「だよなぁ。やっぱ無理か。ま、目の保養にはなったさ。行きな」


 こうしてわたしは、心臓をバクバクさせながらも、無事検問を突破したのだった。


 ◇◆◇◆◇ 


 またしばらく坂を登っていくと、奥の方の邸宅の門が開き、そこから四頭立ての御用馬車が勢いよく走り出てきた。

 道の端に寄ったわたしは、ミーティアをその場でストップさせ、馬車を見送った。

 豪奢な馬車の窓から、化粧バッチリのお姉さま方数人の横顔が見える。

 なぜだか皆、怒っている。


「……警備の人、わたしのことを追加の高級娼婦って言ってたわよね。どう見ても、あれが例のドミトリ坊ちゃんのところに訪問していた娼婦だわ。ってことは目的地はあの屋敷か」

「そのようだな。どうやって入る?」


 白猫アルがミーティアの頭に乗って、考え込んでいる。


「んなもん正面突破よ。あの感じだと娼婦さんたちとの話し合いが決裂したっぽいじゃない? どうせ無理な注文でもしたんでしょ。用意された代わりとして堂々と入るわ」

「ま、酔っ払ってるだろうしな。やってみな」


 リンゴーン。


 呼び鈴を鳴らすと、ほどなく真っ白な髪を撫でつけた痩せぎす執事が出てきた。

 還暦は優に越えていそうだ。


 当家に何かご用でしょうか――。

 そんな言葉を待っていたわたしの予想は大きく裏切られた。

 むしろ、執事は何も喋らなかった。


 ついてくるよう軽く手で合図をした執事は、本宅へと続くレンガ敷きの道を外れ、広大な芝生の庭を東側に建つ建物に向かってずんずん進んでいく。

 広い敷地内には、家族一人一人が一棟ずつ持ってるんじゃないかと思うレベルで、大きな邸宅がいくつも立ち並んでいる。


 目当ての一棟に辿りついた執事は、ドアを軽くノックした。

 すぐ年老いたメイドが出てきて、執事と目で会話をする。

 双方、ひたすら無言。

 執事は、あとは頼んだとばかりにわたしをそこに放置し、とっとと本宅へ帰っていった。

 代わってわたしは老メイドによって、屋敷の中を奥まった一室の前まで連れてこられた。


 軽く探査センシングするも、屋敷内にはこの老メイドともう一人ぶんの気配しかしない。

 もう一人というのがドミトリだとすると、世話人がこの老メイド一人しかいないということになる。

 離れとはいえ、こんなに広いのに?   

 わたしの困惑をよそに、老メイドがドアをノックをする。


「……坊ちゃま。次の娘っ子が来ております」

「次の娘ぇ? なんの話だぁ?」


 ドア越しの声が聞こえるも、若干ろれつが回っていない感じがする。

 先ほどの娼婦たち相手に酒をしこたま飲んだ後なのだろう。


「呼んでいませんので?」

「覚えはないんだが……店が気を回したかな。まぁいい。入れぇ」

「はい。……さ、行きなさい、お嬢さん」


 警戒するわたしの前で、ドアがゆっくりと開いた。

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