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第68話 オジサンとミニスカート

「ふぉ!? おーーー、んん? なんじゃなんじゃ?」


 首の後ろを手刀で軽く叩くと、ソファの足に後ろ手に縛りつけられた古美術商ロジエが目を覚ました。


 あぐらをかいた状態のまましばらくボーっとしていたが、やがて意識がはっきりしだしたのか、みるみるうちにだこのように顔を真っ赤にしてわめき出した。


「えぇい、ワシを誰だと思っておる! この縄を解けぃ!!」

「縄じゃないわ。引き裂いたタオル生地よ。わたしの質問にちゃんと答えたら解いてあげる。いい?」

「何者か知らんが、小娘! このワシが脅しで言うことを聞くと思ったら……。おぉ? おぉぉぉぉ……ぐっふっふっふ」


 ロジエの反抗の目線が途中でいやらしいエロ親父のそれに変わる。

 それに気づいたわたしは、慌ててスカートのすそを下に引っ張りつつ後ずさった。

 床に座ったロジエの位置から、わたしのスカートの中身が丸見えになっていたのだ。


「あぁん、もう!」


 わたしは急いでロジエの正面に置いてあるソファの背に隠れると、そこから詰問きつもんした。


「あなた、ロジエさんで合ってるわよね? 古美術商の」

「いかにも! ワシがロジエ=イフニールだ。それがどうかしたか? 可愛いお嬢さん」


 どうやらパンツを見て冷静さを取り戻したようだ。なんか悔しい。


「やけに素直ね。これから幾つかあなたに質問するけど、正直に答えてくれる?」

「よかろう! 至高のパンツを見せてくれた礼だ。何でも尋ねるがいい、純白レースパンツちゃん」

「変な呼び方するなぁぁぁ!! 忘れろ! 忘れろ! 忘れろぉぉぉぉぉ!!!!」


 ソファの背から顔だけだしてわめくも、ロジエはすでに自分のペースを取り戻してしまったようで、ニヤニヤしている。

 どうにもやりにくくって仕方ない。

 早いとこ洗濯機、直ってくれないかなぁ……。


「あなた、古書を扱ってたでしょ?」

「古書? あぁあれか。それがどうかしたか? シルクパンツちゃん。ぶはっ!」


 ソファに乗ってたクッションを投げて顔にぶつけたのだが、全然効いた様子がない。そりゃそうか。


「その古書を誰に売ったか知りたいの。教えて」

「ほほぅ、顧客のデータを知りたいと。だがはて、誰に売ったのだったかとんと思い出せん……。ここまで出かかっているのだが。ここまで思い出しかかっているのだが! うーむ、これは刺激療法が必要だな。むっちゅうぅぅぅぅぅ……」


 ロジエが縛られたまま目をつぶって、口をタコのように突き出した。

 興奮しているのか、脂ギッシュな顔が更に赤く、テカテカになっている。

 わたしは反射的にもう一個、クッションを投げた。


「キスなんてできるかぁ!!」

「えぇ? むー、仕方ないのぅ。じゃ、ホッペ。ホッペでいいから。ほれほれ、何か思い出すかもしれんぞ?」


 今度は左頬を差し出してきた。

 うぇ。剃り残したヒゲが汚い。っていうか、完全にペースを握られてしまっている。このわたしとしたことが!


「お願い、教えて……」

 ちゅっ。


 仕方なくロジエの右隣まで移動したわたしは、その場にひざまずくと、両手でその顔を持ってそっと頬にキスをした。

 途端にロジエが興奮の雄たけびをあげる。


「うひょぉぉぉぉぉぉぉぉおお!! 超絶美少女によるホッペキス! 興奮するぞぉぉぉ! ふぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「うるさい、うるさい、うるさい! お望みどおりキスしたわよ! だから早く教えて!!」

「よかろう。書籍類はまとめて山の上にある邸宅に住む大富豪・ドーファン氏に買い取ってもらったよ。ドーファン氏はやかたに図書館を持っているからな。田舎の納屋に眠っていた本を二束三文で買い叩いたのだが、かなり高額で売れた。うーむ、自分の商才が怖いな。にゅっふっふ」


 ニヒルに笑うが、そもそもあぐらをかいた状態で後ろ手に縛られたままだし、はだけた白いガウンの下はパンツ一丁だしで、まるでカッコよくない。


「ドーファン氏ね。ありがと」


 とっとと立ち上がってドアに向かったわたしの背に、ロジエの声がかかる。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。もう行っちゃうの? もうちょっとワシとお話しない? こんなとんでもないレベルの美少女に会える機会なんてそうそうないんだからさぁ。他にほれ、知りたいこととかないんか? 欲しいものとかないんか?」


 振り返ると、ロジエは身動きが取れないなりに上半身をギリギリまで横に傾けていた。

 絨毯に着きそうな勢いだ。

 だがその顔は、目を極限まで見開き、阿呆あほうみたいに大きく開けた口からは今にもよだれが垂れそうだしで、更に脂ギッシュになっている。

 くっ! その位置だとまたもやパンツが見えていたはず!!


「パンツの女神よ! 至高のパンツ神じゃあぁぁぁ!」

 ゲシっ!! 


 一瞬で頭に血が上ったわたしは、その場で膝を高く上げると、思いっきりロジエの顔を踏みつけた。


「このっ! このっ! このっ!!」

「あぁ! もっと! もっとぉぉぉ!! 女神さまぁぁぁぁあ!!」


 十センチのピンヒールでゲシゲシと容赦なく顔を蹴ったのに、ロジエは痛がるどころか喜んでいる。

 鼻血とよだれが入り混じってひどい顔だ。

 なのに、蹴れば蹴るほどその表情が愉悦ゆえつに染まっていく。

 怒りが押し寄せる。


 なんでわたしがこんな恥ずかしい格好かっこうで変態の相手をしなきゃいけないのよ! それもこれもクィンのせいだ! 全部アイツのせいだ! 絶対ギャフンと言わせてやるから!   


 とそこで、わたしの足が止まった。

 目が一点に集中する。

 そばで、呆れた様子で見ていたアルと目が合う。

 アルがうなずく。


「ロジエさん、欲しいもの見つかったわ。短期間のレンタルでいいんだけど、おねだりしてもいい?」

「かまわん、かまわん。何でも言え! ワシが持っているものならくれてやる! 欲しいものを欲しいだけ持っていけぇ。その代わり……。ぐっふっふ」 

「じゃあねぇ……」


 わたしはロジエの左側にひざまずくと、今度は左の頬にキスをしながらそっとつぶやいた。


「なぬ? この古代神アーマンの護符アミュレットをか? おぉ、かまわん、かまわん、持っていくがいいぞ、女神ちゃんの頼みなら何でもきいちゃうもんねぇぇ。うひょぉぉぉぉぉぉぉ!」


 こうして超高級ホテルの一室に、脂ギッシュな小太りオジサンの野太く汚い歓喜の声が響いたのであった。

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