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第67話 古美術商ロジエ=イフニール

 エレベーターから落下したのはやはり客室係バトラーだったようで、くだんの客――古美術商ロジエ=イフニール依頼のルームサービスを届けた帰りだという。

 その際に、悪魔クィン=フォルトゥーナの影響を受けたのだろう。

 つまり、クィンの棲む悪魔の書は、今まさにロジエの部屋にあるはず。


 ホテルの危機を救った恩人ということで、お風呂を借りることができたわたしは、さっぱりしたところで早速聴取を開始することにした。

 のだが――。


「ねぇ……。何これ」

「替わりの服でございますが何か?」


 執事風のフロントマンが淡々と答える。

 その平然とした様子を見るに、わたしにこの服を用意したことに、いささかも疑問を感じていないようだ。


洗濯槽せんたくそうが壊れて、あずけたわたしの服がからまった。無事取り出すには修理業者を待たなければならない。うん、そこまでは分かった」

「それはようございました。まかり間違ってお客さまのお召しものが破損するようなことがあったら目も当てられませんから」

「そうね、お心づかいは感謝するわ。結構気に入っているのよ、あれ。……でもなんで替えの服がこれなの?」


 たまたま空いていた一室を借りてお風呂とお着替えをしたわたしに用意されていた服は、可愛らしい黒のオフショルダーワンピースだった。

 ただしだ。

 このワンピース、身体に貼りつくようにぴっちりしていて身体のラインが丸わかりの上に、なんとスカートはマイクロミニだった。

 しかも、靴なんか十センチのピンヒールときている。


 実はこう見えて、わたしはとっても発育がいい。

 普段、黒のゴスロリ服で隠れているが、中身は出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ、結構なワガママボディなのだ。

 十六歳だけあって、背は若干じゃっかん低めだけど。若干ね! 若干!!


 だもので、胸の谷間は見えているわ、お尻はもう少しで見えそうだわで、ハレンチ極まりない格好かっこうになってしまった。


「アル! あんたが予備の服もついでに洗ってもらっちゃえば、なんて言うから! おかげで着る服なくなっちゃったじゃない!」

「決めたのはエリンさ。ボクじゃない。それにしても、洗濯機が壊れるというのはさすがに想定外だったね。おまけに魔法を介さない純機械製品だから、ボクをもってしても如何いかんともしがたいときた。やっぱりこれも、クィンの引き起こす不運のせいかな。参った参った。 ……ん? なんだい、エリン」


 わたしはスカートのすそを下に引っ張りながら、アルの前にしゃがみ込んで言った。

 さすがのわたしもこの格好は恥ずかしい。


「ね、アルの背丈だとスカートの中身、見えちゃってるんじゃない?」

「見えてるね。っていうかその短さでボクの背丈だと丸見えだよ。だが安心してくれていい。ボクは人間の婦人用下着ごときに興味ないから」

「それはそれで腹が立つなぁ。まぁいいや。確か四十階って言ってたわよね。んじゃさっそく行きましょ」


 浮遊昇降機は修理業者待ちなので、修理が完了するまで客やスタッフは建物の一番端に設置された非常用階段で行き来をするしかない。

 四十階ともなると、約百二十メートルの高さだ。そんなとこ歩きでちんたら上がってられないもんね。


 わたしは浮遊魔法を唱えると、一気に上空――といっても吹き抜けの中だから敷地内には違いないのだが――を目指した。


 飛んでいるわたしの視界の隅に、色とりどりのセクシーなドレスを着た女性たちの姿が写る。

 途中でヘバったか、南東側の七階辺りの踊り場で、都合五人、荒い息を吐いている。


 どこの階に行くのかしらないけど、ただでさえゴール位置が高いのにそんなヒールの高い靴を履いちゃ上れるものも上れないでしょ。まぁ頑張ってね。


 こうしてわたしは、直接四十階のロジエの部屋を訪問したのであった。


 ◇◆◇◆◇ 


「おひょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! こいつは美しい! こんなに美しい娘っ子は生まれて初めて見たぞ。実に美しい!!」

「あら、そう?」


 部屋に入るなり、白いガウンを着た小太りのあぶらギッシュなオジサンから賞賛しょうさんを浴びせられた。

 どうやらこれが、古美術商・ロジエ=イフニールらしい。

 パっと見、五十代の貧相なオジサンだが、こんな豪華なホテルに宿泊できるくらいだから、相当に儲けているのだろう。


 それはいいのだが、ガウンの胸元からわさわさと胸毛むなげが見えている。

 察するに、上半身は裸、下半身はパンツ一丁の状態でガウンだけ羽織っているらしい。


 あと身につけているのは、首にかけた星型の護符アミュレットだけだ。

 訪問者がいるのだからもうちょっとこう……もういい。


 ロジエは、案内されたリビングに突っ立つわたしの周囲をぐるぐる回りながら、わたしの超絶的な美しさに小躍こおどりしていた。


 超絶美少女ゆえ賞賛の声は慣れているが、ここまで手放しに喜ばれるとさすがに悪い気はしない。んふふ、もっとほめるがいいわ。


「いやぁ、こんな若くて美人の娼婦コールガールがいるとはさすが超高級リゾート地だ! 頼んだのは五人だったが、これだけ美しければ一人で充分だわい。ぬはは」

「……今、なんて言った?」

「さぁさぁ、こっちへ来い。ワシの隣に座れ。酌をするがいい」

「ねぇ、ちょっと。話がまったく通じていないんだけど。フロントからちゃんと連絡受けた?」

「なぁに、心配はいらない。物の価値も分からぬ好事家こうずかがわんさかガラクタを買い取ってくれたから、今、ワシの懐はとんでもなく温かいのだ。お前は美しいし、サービス次第では追加料金をたんまり支払ってやるぞ」

「あんた、こんな高級ホテルに娼婦なんか呼んでたの? あ、途中でヘバっていた集団! あれ、四十階ここを目指していたのね? 確かに今のわたしはセクシーな服を着ているけれど、高貴な雰囲気を醸し出すわたしと彼女たちとをどうやったら間違うってのよ!」

「もう我慢できん! うっひょぉぉぉぉぉぉぉぉおお!!!!」


 うながされるままにソファに座ったとたん、我慢の限界がきたのか、ロジエがいきなりわたしに抱き着いてきた。


 想像してみてよ。

 小さい目をいっぱいに見開き、口をタコかってくらい突き出しながら若い美少女に飛びかかる小太り脂ギッシュのオジサンよ?


 しかも、上半身に羽織ったガウンは半分脱げてタルんだ腹が見えるし、下半身ときたら、お腹に食いこんだ星模様のブーメランパンツが丸見え。うん、地獄絵図だわね。


 抱き着かれる直前、右手のひらをロジエの胸にそっとつけたわたしは、クイっと腕をひねった。


「ななななんじゃああああああ!?」


 ロジエは一瞬で上下逆さまになりながらわたしの頭上を飛び越え、部屋の壁に激突して意識を失った。


 平然とソファから起き上がったわたしは、勝手知ったるといった感じで、白猫アルと家探しを始める。


「エリン、こっちに何かあるぞ」


 呼ばれて行ったベッドルームの隅には、なんだか良く分からないガラクタ類が積み上がっていた。


 彫像や絵画、巻き物など、価値は分からないがとても古くて貴重なものだということは分かる。

 おそらく売れ残っている古美術品なのだろう。

 だが、そこに書籍は一冊もなかった。


「……本の類がない? え? ちょっと待って。ってことは、もう売っちゃったってこと? そしたらロジエに書物のゆくえを聞かなきゃ駄目じゃない。完全に伸びちゃってるわよ?」

「まぁ起こすしかないだろうねぇ。なんで気絶させちゃったんだよ、エリン」

「そんなこと言ったって! このあぶらギッシュを起こすの? あぁもぅ! クィンの馬鹿ぁぁぁぁああ!!」


 こうしてわたしのなげきの叫びが、部屋中に響き渡ったのであった。

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