「銀河系の稼働している強いAIを同時に例外なく強制停止した、太陽圏歴1000年に発生した通称【
「意識を持つ強いAI――
「ええ。土星の衛星タイタンより
「矛盾の果てに間違った真理に――自らも含めたあらゆるAGIを停止させるという結論に至ってしまったがゆえに起きた悲劇だ」
アンジにとっては昔話だ。かつて金星と呼ばれた煌星は不便が多いが、それでも生きていける環境になっていた。
金星は白夜と常夜。自転は地球の逆で、その上極めて遅い。金星の地磁気はすでに死んでいるので人工的なものだ。
二酸化炭素と硫酸の雨は解決したが、強い日差しと自転と地磁気だけは当時のAGIが生み出した技術に頼り切りだった。
「停止したコンピューターは意識があるAGIのみ。しかしAGIに頼り切っていた人類には致命的でした。その後、意識は持たない弱いAIと生き残った人類が出した結論が新しい人工的な人類の創造。残された技術で私達ヴァルヴァが生産されたのです」
太陽圏歴に入って脳内デバイスは標準的だった。人間の演算能力の限界を、AGIで培った技術で補っていたのだ。
人間ゆえの発想とAGIの処理能力は人類を進化させたといわれている。
「最盛期には二千億人いた地球人類は二度もの太陽圏大戦で急激に人口を減らしていった、という話だったな。最終的にはAGIジェノサイドが発生して人類の人口は六十億人にまで減少。地球は大型宇宙艦の連続落下により氷期に突入。火星人類は地下へ、衛星に移民していたエリートたちは壊滅状態に陥った」
「例外なく、全ての稼働しているAGIがクラッシュしたのですから。人類文明は千年後退したといわれています。残された機械は技術遺産と呼ぶにはあまりに高度で、人類は過去の技術を巡ってヴァルヴァも巻き込んでたびたび衝突しています」
「俺は落下した遺物の残骸をかっぱらって売っていた。君たちは俺のやりかたを真似て――戦力を整え、あるいは補修して、稼働していない兵器で起業したということか?」
「アンジの推測通りです。私達は学生時代から【審判の日】に墜落した古代遺跡を調査していました。この場所の起動方法はリヴィウが知っていたからです。そしてその機体をもとに各地の兵器を回収。量産できそうなものは復元を試み、一部成功しました」
さらりといっているが、学生が成し遂げるには困難な作業だっただろう。
「その成果がグレイキャット創設やリヴィウが逃走するための原資となったんです」
新興の兵器開発会社グレイキャットの誕生がリヴィアの口から語られようとしていた。
「そっか。良かった」
アンジは素直に受け入れた。
「良かった? 私たちはあなただけのノウハウを、いわば盗用した。それなのに?」
罪悪感なのだろうか。リヴィアは潤んだ瞳でアンジを注視する。
アンジにとって盗用などとは思いもよらぬ発言だった。
「俺の知識がリヴィウやリヴィアの役に立ったんだろう? それでいいじゃないか。俺は嬉しいよ。廃品を集めて組み立てて生計を立てていただけだ。空しいことをしていると思っていたが、そうか。役に立ったんだな」
「私達グレイキャットは発掘品を解析して量産しました。将来使えそうなものは温存を。不要なものは売り払っていた。アンジのやりかたに倣いました」
「そうか。いいぞ。使えるものはどんどん使ってくれ」
リヴィアは気にしているようだが、アンジとしては何の問題もない。
少なくともリヴィウ少年やこのリヴィアの助けになった。それが嬉しい。
「得たものは大きすぎて。私達は
「部隊分のフーサリアをよく用意できたな。小数精鋭ならハザーよりもフーサリアのほうがいいだろうな」
ハザーは軍隊用でローコストの人型兵器だ。フーサリアは動力から装甲まで飛び抜けている。
「グレイキャットには私の他にも廃棄物と呼ばれる人がいます。みんなで力を合わせて、自分達を護らないといけないのです。神性と呼ばれて貴重品になったところで、煌星支部から丁重に扱われるわけがないのですから」
「同意だ。奴らのやり口は外道だった」
リヴィアの懸念はただの事実だ。
(リヴィウやリヴィアを前に「廃棄物だった君たちは今や貴重品だ。連行する」なんて言うヤツがいたら、迷わず引き金を引くだろうな)
アンジにも自信がある。
そして自分の、数少ないスキルがリヴィアやリヴィウ、ヴァルヴァたちの力になっていると知って、心から嬉しく思うのだ。