「アンジが発見したもので私達が活用しているものはまだあります。たとえばラクシャスが使用していた、刺すことしかできない長剣です」
「プラズマが撃てるあの剣な。射程も1キロぐらいあるし便利だった」
「あの武装はコンツェルシュ。ポーランドのフーサリアの騎兵が使用した剣ですが、伝承によると銃との複合武器まで存在したといわれています。その武装をモチーフにしたもの」
「だから剣なのにプラズマ砲がついていたのか」
使用者のアンジも原理はよくわかっていなかった。リアクターからプラズマを引っ張ってきている程度の認識だった。コンツェルシュという武装名すら初耳だった。
「私もこの格納庫の情報を解析して知ったぐらいですよ。今はグレイキャット専用武装として使用しています」
「俺のやり方が役立つなら大いに使ってくれ。それだけで満足だよ」
「本来なら私が保有している財産は、アンジのものでもあるんです。財産権も含めて、書類を……」
「要らん! これだけは譲らないからな」
別にノウハウを隠していたわけでもない。伝える親族や友人もいなかった。それだけだ。
みずからが培った
「私もリヴィウも、そしてグレイキャットのみんなもあなたに大恩があります。それも返しきれないぐらいに」
「俺はリヴィウの心を傷付けてしまった。それこそ金なんかじゃ償えないぐらいにな。それにリヴィアに恩を売りつけた記憶もない。気にするな。――ああ、そうだ。罪悪感で俺に何かしなくてはと思っているなら、もうしなくていいから……」
笑いながらアンジはリヴィアに告げた。昨日から奇妙な距離感の正体が分かった気がしたのだ。
すぐにあやまちだと気付くハメになる。
ガンと大きくテーブルを叩き付ける音がして、アンジが体を強ばらせる。
リヴィアが全力で手を叩き付けたのだ。俯いている。表情は前髪に隠れて見えない。
「……違う!」
リヴィアが漏らした、迸るような絶叫だった。
「そんなのじゃない…… わたし、ほんとうにアンジのことが好きで…… 信じて…… 信じてください……」
涙声だった。美しい瞳からぽつりと涙がテーブルに落ちる。本当に泣いているリヴィアの姿に絶句するアンジ。
「す、すまない!」
彼女の好意を土足で踏みにじったことに気付き、アンジはひどく後悔する。
リヴィアは震えながら、両手まで揃え、深々頭を下げ始めた。
「やめてくれ。顔を上げてくれ。お願いだ。俺は君たちの役に立てて嬉しかった。それで十分なんだ」
「信じて……ください……」
(――これで二回目か。もう死にてえな)
本気で死にたいと思った。彼女の好意を代価というもので計ろうとした自分に。
あまりに愚かでにぶい自分に、絶望した。
「おねがい……」
「信じる。リヴィアの好意を信じるし、俺だってリヴィアに好意があるんだ。リヴィアを信じる。俺のことも信じてくれ!」
もはや恥も外聞もない。この少女に惹かれている本音をぶちまけた。今ここで本音を語らねば後悔すると確信していた。
自分を放り出しても構わないやら出て行くといったら、彼女は壊れてしまいそうだ。
アンジは決してそのような言葉を口にしないよう、慎重に言葉を選ぶ。
この空気は知っている。
――彼の原罪、少年との別離。あのときだ。
あのあやまちだけは繰り返してはいけない。恥も外聞もなく、本音で話さないといけない。
「……え」
リヴィアが固まった。しかし顔は上げてくれない。テーブルにつけていた両手を、握りしめる。
「本当に……?」
耳を澄ましてようやく聞こえる、小さな声音。
涙は止まったようだ。
「本当だ。好意はある」
アンジは辛抱強く、繰り返す。今は気恥ずかしさを感じる余裕すらない。
「もうソファに移動しないって約束してくれますか……? 避けられているようで辛かった……です……」
「約束する」
ふるふると震えるリヴィア。しばらくして震えが止まった。心の整理が付いたらしい。
「カレー、昨日の残り物しかないけど、食べてくれますか……」
かすれた声で問い続けるリヴィア。
「昨日いったろ。毎日でも食べたいって」
「じゃあ私の作ったご飯、毎日食べてくれますか……」
「食べる。絶対食べる」
「一緒にお風呂入ってくれますか?」
「……すぐには無理だけど、慣れたらいつかは。理性が飛びそうだから、もう少しお互いを知る時間をくれ」
「……アンジを信じる」
「嘘は言わない」
「うん」
ようやく声の震えが止まった。落ち着いてくれたらしい。
色々と口走ったことは、深く考えないことにした。
「恥ずかしいところを見せてしまいました」
顔を上げて涙を拭うリヴィア。
本気泣きで、今浮かべた笑顔は空元気の類いだとわかると、アンジの心が痛む。
「俺が悪かったよ」
「一緒にお風呂、楽しみ」
一瞬躊躇したが、ふっと笑った。アンジが困ることではないのだ。
「背中でも流して貰おうか」
「喜んで。――嬉しい」
何がそんなに嬉しいかさっぱり理解できないアンジだったが、笑顔になったリヴィアの顔を見ると今度は間違えずに済んだようだと胸を撫で下ろした。