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第15話閑話 追憶その一

 アンジは戦争で不法投棄された兵器や前世代の残骸で組み上げた兵器をバイヤーに買い取ってもらうことで生計を立てている、今年で二十歳の整備士である。

煌星でも珍しい東洋系、黒髪黒目の日系人だ。中肉中背で、やや贅肉が目立つ丸みを帯びた青年だ。

 彼は地球から煌星にきたものの、両親が戦争で死亡。公立高校を卒業後、整備士に就いている。将来の展望もないが焦ってもいない。

 兵器である機兵関係の仕事はどこにでもあり、あやしいとはいえ完動品を持ってくるアンジはバイヤーにとっても貴重な存在だった。


「今回はこれぐらいだな」


 バイヤーの指し示した金額に頷く。ぼられているとはわかっていても、気にしない。都市部にいけば二倍の価格になるだろうが、交渉や資格も必要だ。バイヤーも承知で値段を提示してくる。

 どうせ掻き集めて作った残骸の塊だ。定期的に買ってくれるバイヤーのほうがアンジにとっても都合がいい。


「いいよ」

「任せておけ。お前さん、最近最後に本業をやったのはいつだ?」

「ほっとけ。また持ってくるからさ」

「そうだな。頼んだよ」


 機兵もどきとしかいえない兵器でも、買い手は多い。動く機兵に乗ってさえいれば傭兵になるチャンスは巡ってくる。


「たまには飲むかあ」


 山奥の整備小屋に住んでいるアンジは、傭兵たちが集まる街ソピアネに入ることはあっても、歓楽街にはあまり行かない。

 数ヶ月に一度、安酒が飲める店に通うぐらいだ。それも酒を飲みたいわけではなく食事目的である。たまにはレトルトではなく、人の作った料理を食べたくなるからだ。

 駐機場には戻らず、場末の飲み屋に足を運ぶ。


「いらっしゃいませ。あら、アンジさん? お久しぶり! いつもの隅っこでいい?」

「それで」


 犬耳の女性が出迎えてくれる。彼女はヴァルヴァという、動物や地球時代の幻想生物の特徴を持つ亜人だ。

 ヴァルヴァは本来、人間などより知能も力も上回る能力を持つが、人類は創造主の特権で強権を発揮することが多い。耐えかねたヴァルヴァや共生を望んだ人類たちが生きる都市もあるにはあるが、煌星では小勢力だ。

 製造され売られたヴァルヴァも多い。このような酒場にいる者は、おのずと進路も限られていたのだろう。


「いつものアジア系の食事でいい」

「ああ。それで頼む」


 ちびちびと飲んでいると、騒がしい一団がいた。太陽圏連合煌星支部軍の制服を着ているところをみると正規兵の一団だろう。

 太陽圏連合煌星支部軍は煌星にある治安維持軍であるが、一枚岩だとは言い難い組織であり、この惑星では紛争が絶えない。彼らは傭兵と違い安定した生活がある分、一攫千金もない。


 兵士たちの耳障りな笑い声が聞こえる。三人組のようだ。


「ぎゃはは。男でも使えるな、こいつ」

「ヴァルヴァを買いに行ったら、女は売り切れで男しかいねーっていわれたもんな」


 リーダー格であろう顔が細長い金髪の男と、太った男は戦果を自慢していた。隣では下卑た笑みを浮かべている神経質そうな男がいる。


「任務にいっている間に、歯を全部抜いて貰って正解だったぜ」

「渋るババァを脅してガキを一人買ったが、使えるもんは使えるってな」

「寮に戻るまで我慢できねーのかお前はよぅ」


 テーブルを支える一本の支柱。その陰から見える、四つん這いになっている男の子がいた。

 男に踏みつけられている。


(ばかな…… 子供を……? 歯を抜いた?)


 あまりの悍ましさに背筋が凍る思いだ。遠くを見渡すと遠巻きに酒場の女たちが痛ましそうな視線を送っている。


「いきなりは無理だからまずは小便だな」


 憎悪の視線を送っている者も二人いた。一人がお願いするかのようにアンジに視線を送るが、アンジはうつむいて食事を続ける。当然の反応だが、諦念の表情を浮かべる女。

 煌星支部の兵士に逆らう馬鹿はいないのだ。


「お前も飲め。珍しい臨時ボーナスだったからな! おい。ガキ。リヴィつったか。お前も飲みほせよ!」


 少年に口を開けるよう命じた金髪男の体が一瞬ぶるっと震えると、恍惚な表情を浮かべ、酒に口をつける。

 顔面に小便をかけられた子供が、耐えきれずに吐き出しているようだ。

 子供は嘔吐感に堪えきれず、ひたすら吐いていた。


「ばか。こぼすな! 床を舐めろ! お前のおねーさんたちに迷惑がかかるだろうが!」


 怒鳴りつけて子供を踏みつける金髪男。吐いたものを舐めるなど無理だ。

 子供は諦念と哀願の視線で机の下から周囲を見回し、アンジと視線があった。


 少年の口がかすかに動いた。たすけて。アンジにはそう動いたかのように見えた。


「おら。早くしろ! 人間でもないヴァルヴァが。しかも廃棄品の分際で逆らうんじゃねえ」


 怒りに満ちた金髪男が男の子の髪を吊り上げる。


 ――廃棄品。


 アンジも聞き覚えがある。

 ヴァルヴァは動物や伝承存在の特徴を姿に顕した亜人だが、ごくまれに何の特徴もない子供が製造され、廃棄物と呼称されている。ヴァルヴァの工場そのものが非合法なものが多いこともあり、闇ルートに流される場合が多い。


 闇ルートに流された子供が生き延びることはまずない。


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