アンジはふとしがみついているレナに視線をやる。
「レナを休ませる場所を教えてくれないか。俺が運ぼう」
「レナ? 起きているよね?」
リヴィアがレナの顔を覗き込むように見る。
「ばれた」
「もう大丈夫なのか」
レナは首を縦に振る。
「下ろしても大丈夫ですわよ。でないとしがみついたままですわ」
ヤドヴィガが苦笑しながら言うと、そういうものだとわかったアンジがレナを地面に下ろす。
「レナが迷惑をかけた」
「迷惑ではないよ。飛び込んできたのはゾルザだしな」
アンジはまったく気にしていない。
ヴァレリアがリヴィアにいいたいことがあるようだった。
「リヴィアもさー。隊員の手前ってわかってはいるけれど、その外向けの口調はやめたらどうかな?」
「う……」
「CEOであることも隠してたのですしね? あたくしも普段通りでいいと思いますわ」
「言わないで。色々と事情と計画が……」
リヴィアのなかでは計画であったらしい。
「アンジもいってたじゃん。ボクたち家族みたいなもんだしさ?」
「ごめんアンジ。リヴィアはオンオフの切り替えが苦手でさ。いつもの口調にしなよ」
ヴァレリアから言われてリヴィアも観念したようだ。
「はい。そうします」
「アンジ様。リヴィアはいつもこんな感じなのです。私達が年上なので、丁寧語が普段の言葉遣いなのですよ」
「みんな若いように見えるが……」
アンジは改めてグレイキャットの所属部隊を見る。やはり若い。
「うわ。ボクたち舞い上がってほとんど名前しか紹介してなかったね!」
リアダン自身もアンジを前にして舞い上がっていた。
「わたくしが23歳で最年長ですわね。グレイキャットのなかでは新人ですわ」
ヤドヴィガが悪戯っぽく笑い、予想外の爆弾発言をした。
「わたくし、アンジ様に一度振られておりますの。覚えていないということはノーカウントでしょうね」
「えぇ」
アンジにこんな美人を振った覚えはない。
ラクシャスに乗っていた時期だったとしても、美しい少女だったはずだが覚えがない。
「影が薄い少女時代でしたので」
「ヤドヴィガで影が薄いならレナが消えちまう」
ヴァレリアが笑いながらレナを引き寄せる。レナもこくこくと首を縦に振り続け、ヴァレリアの意見に同意する。
「あたしは18歳。高校卒業後すぐにグレイキャットに入ったからね」
「ボクは19歳。まだ大学に籍は残してあるけど名目とはいえ起業しちゃったからなー」
「私とレナが同い年の17歳で、大学は卒業済みです。もうすぐ18歳ですね」
「うん」
飛び級は煌星でも珍しい。二人とも一種の天才なのだろう。
同い年の割りにはリヴィアの背が高く、レナの背が低いので姉妹にも見える。
「俺は三十一歳の整備士だな。みんなの知っている通り、ラクシャスのパイロットだった」
ラクシャスのパイロットと名乗ったのは十年ぶりかもしれない。
空白の十年といえた。しかし彼女たちには自虐じみた自己紹介よりも、この言葉のほうが喜ぶだろうとあえて名乗った。
実際、みな嬉しそうに微笑み、アンジは選択が間違っていなかったことを知る。
「グレイキャットはまだ他にも人員はいるけど、主要メンバーはここにいる五人。パイロットはローテ」
「俺がパイロットとして出撃したらまずいんだよな」
彼女たちが前線にだしたくない気持ちと、ゾルザの件もある。
「ゾルザも反対すると思う。施設に不満があるなら最優先で改善されるはずだよ」
「施設に不満などあるわけがない」
ゾルザの気持ちをアンジはありがたいことだと思うことにした。
若い女性との会話慣れしていないだけで、この施設への不満は何もない。
「きっとリヴィアがアンジ様との部屋をどうするか、ゾルザと脳内討論中ですわよ」
「脳内討論とかいわないで! ディープ Tレベルの相談だから」
「……やはりあの部屋はリヴィアと俺の部屋、という扱いなんだな。いや、あくまで確認だ」
「部屋を別にするとリヴィアが拗ねるからねー。あ、ボクたちも押しかけるから心配しないで。あのベッドなら全員眠れるし!」
「パジャマパーティだな!」
「その時ぐらい俺はソファで…… ダメそうだな」
メンバーの顔をみるとそれは許されそうにないらしい。
「主役だからねー」
「あたしら全員、アンジの宇宙船に間借りしていることになるしな! いわば家長の傍で寝るんだ!」
「両隣が争奪戦になりそうですわね」
「わ、わかった」
彼女たちの気迫に気圧されながらも逃げられそうにないことを悟ったアンジは、そう返事をすることがやっとのことであった。
話を変えるべく、リヴィアの方を向くアンジ。
「リヴィア。フーサリアの整備をしようか。マカイロドゥスだ。色々教えてくれ」
急にアンジから話を振られたリヴィアが驚いて返事をする。
「は、はい!」
「あたしたちはリヴィアの部屋でパーティの準備しておくから!」
「早速だねー。うん、戦闘したからチェックは必要だよね。お願いします」!
「レナもがんばる」
「整備は私達もできるんですが、やはりリヴィアが手慣れていて。お願いしますねアンジ様」
四人がいったん自室に戻っていく。
「リヴィア。ところで」
「はい! なんでしょう!」
「CEOとお呼びしたほうがいいかな?」
「意地悪をいわないでください! 泣きますよ!」
すでに涙目になっているリヴィアに抗議されるアンジだった。