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第28話 模擬戦

 ヴァレルアとヤドヴィガがキッチンで調理の支度に勤しんでいると、レナが小走りにやってきた。

 四人ともパイロットスーツではなく、グレイキャットの制服に着替えている。カーキ色のドレスシャツにドレスパンツだ。


「どうしたんだレナ?」

「リヴィアが抜け駆けした」

「どういうことでしょうか?」

「今、アンジと模擬戦を開始した。アンジはヴァレリアの機体」

「待ってくれよ! その模擬戦こそあたしが見たいわ!」


 ヴァレリアはアンジが自分の機体に搭乗したことに思わず叫んでしまう。


「ゾルザに頼んでリビングで見ることができる」

「わたくしたちも揚げ物はあとにして観戦しましょうか」

「そうだな! 見逃せない! 火をかける前で助かった!」


 いったん準備をやめ、一同はリビングに集結してモニターを注視していた。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アンジはレーダーを確認する。


「ハザーと違ってフーサリアの汎用レーダーは優秀だ。頭部のセンサーは敵の位置を割り出し、正確に表示するからな」


 ハザーは量産性を優先するので、索敵能力は別の機体に任せていた。無人航空機や無人車両が多い。

 イオンビーム砲が実用化された現在、極超音速で飛行する戦闘機さえも的だ。有人航空機は空飛ぶ戦車なみに重装甲となっている。


「リヴィアはリヴィウから話を聞いているようだ。あいつは後部座席にいつもいたからな」


 一瞬よぎった干渉をすぐさま振り払い、レバーに力を込める。


「リヴィアの役に役立てばいいが」


 極限まで前屈姿勢に移行したアンジが搭乗するマカイロドゥスは、森の中を警戒する。

 双方、互いの機体の位置は判明している。


「機体性能は同じ。兵装の差とサポートパーツの差だな」


 警戒しながら位置取りのタイミングを伺うリヴィア機に対して、アンジは低速の移動だ。


「レナとリヴィアの機体はメイン兵装のコンツェルシュと予備サーベルのみ。あとは追加スラスターをつけて機動性をあげて突進力に転嫁している。これはラクシャスのスタイルでもあるんだが……」


 言葉にして確認していくアンジの意図はその先にあった。


「本当に彼女たちに合った戦術なのか?」


 ラクシャスの影響が彼女たちの戦闘スタイルに影響を与えることはいいが、本当にパイロット適性にあった戦い方なのか。


(俺が二人の操縦に影響を与えているなどおこがましいかもしれないが、気になる点は潰しておきたい)


 戦場にも出撃せず、何ができるだろうかと考えたがこれなら役立ちそうだ。


「遭遇戦か。十メートルの巨人にステルスもなにもあったもんじゃない。しかし利点もある。こちらからも良く見えるってことだな」


 アンジは十年前の口癖を久しぶりにつぶやくと戦闘を開始した。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 リヴィアの射撃武器はコンツェルシュ内蔵のプラズマ弾のみ。

 対するアンジの機体はビームライフルと通常サイズのローンチポッドを装備している。


「アンジなら徹底的なインファイト、か」


 継戦能力を重視したアンジは刺し剣とシールド、サーベルのみに武装を絞っていることが多かった。

 リヴィウは真後ろにいたのだからよく知っている。


「——違う!」


 交戦距離から徐々に距離を詰め、突進勝負。

 そうなると踏んでいたが、違った。アンジのマカイロドゥスは加速しない。

 突進するリヴィアのマカイロドゥスめがけてのビームライフルの牽制射撃だった。


「十メートルの巨人にステルスも何もあったもんじゃない。——アンジの口癖だった。射線はお互いに確保済み」


 リヴィアの機体は回避行動を取りつつ、距離を確実に詰める。アンジの機体は歩みこそ止めないが加速する気配はない。


「猪突猛進のアンジが、こんな戦術を!」


 距離を詰めるリスクを厭ったのだろうか。敵となって脅威に感じるアンジの軸合わせの射撃だ。


「FCSに頼らずに、敵パイロットを予測して射撃を置くように撃つ。相変わらずです」


 フーサリアでは数発のビームなど致命傷には程遠い。


「こんなに被弾したのは半年ぶり。あの時は敵が十機だったんですよ」


 リヴィアが心の奥底から笑みがこぼれてくるのを抑えることはできなかった。

 彼女の知らない戦術を取るアンジが、これほど手強いなんて夢のようだとすら思える。


(嬉しい。戦場には出撃して欲しくないけれど…… 本気のアンジ、もう一度見たい!)


 フーサリアの特色は機動力から生まれる突進と衝撃。数百メガジュールに耐えうる装甲すら穿ち抜く近接戦闘による侵徹力にある。

 アンジが接近主体になった理由も、この特性だからだ。


 二機の距離が縮まる。


(接近してこない? 以前より慎重になったのでしょうか)


 同機体の一騎打ちの場合では、機動力もリアクター性能も同等。この場合は移動しない防御側がイニシアティブを握ることになる。

 移動する攻撃側が距離を縮める場合、移動にかかるエネルギーを消費するなか、防御側は同じエネルギーを用いて対応することになるからだ。あらゆる行動において攻撃側の行動に応じたアクションが可能になる。


(ハザーならね。でもフーサリアは違う)


 しかしそれはあくまでリアクター出力が低い場合に限定される場合の話だった。

 フーサリアが保有するリアクター出力ならエネルギーを空になるまで使い切っても数秒足らずで全回復する。人型である以上、後退に不向きな構造をしている機兵においてこの特性は攻撃側を大きく有利にする。


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