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第29話 経験から生まれた技量

(まだ仕掛けてこないのですね)


 移動を最小限にして地形を利用する待ち戦術も、パイロットに忍耐を強いることになる。

 リヴィアとアンジの機体が三キロを切った。アンジの機体からビーム射撃がより多くなる。


「この距離だと射線をずらすことも厳しいか」


 リヴィアの機体はシールドを構え突進する。もうすぐコンツェルシュのプラズマ弾射程圏内。

 緩急をつけて、ミサイルを回避して射撃をかいくぐり、盾で防ぎ切った。機体への致命的な被弾はゼロだ。


「ここから――」


 リヴィアの機体は最大加速と追尾性を維持するため、エネルギーを回復する時間を作る。一瞬だけ着地して歩行に移行してリアクターのネエルギーを貯蔵するのだ。

 ほんの数歩。

 その間にリアクターから生み出される電力をスーパーキャパシタへ。そして超伝導バッテリーに蓄電される。

 同時に推進用に用いるプラズマも同時に回復をはかる。


(この僅かな隙を待ちに徹しているアンジが見逃すはずがない)


 リヴィアには確信めいたものがあった。

 ところが、思わぬ動きを見せるアンジの機体。緩やかに後退したのだ。


(ここまで後退して受け身の戦術を取るなんて。近付くリスクを厭ったの?)


 記憶にあるアンジは、このような戦術を取ったことがない。

 リヴィアのマカイロドゥスはエネルギーも回復して一気に距離を詰める。刺し剣と盾を構えての最大速度は時速500キロメートル弱。この速度を出せる機体は武装を厳選しているリヴィア機とレナ機のみ。

 最大加速に達するまで三秒。二キロなら二十秒前後のわずかな時間――


(きた!)


 三百キロメートルを切った時点でアンジも最大加速した。武装は変えず、ビームライフルのまま。

 地面を大きく蹴り上げ、跳躍の勢いも利用して飛翔行動に移った。


「突進封じか!」


 同じく飛翔すれば突進も可能だが、空中にいるアンジにタイミングを取られてしまう。コンツェルシュを突き降ろすか、さらに上昇するか。

 ならば地上で戦闘を継続したほうがいい。

 頭上ですれ違う寸前、アンジのマカイロドゥスの全兵装が火を噴いた。


「頭上を取ってからの斉射など!」


 リヴィアは即座にプラズマ弾を放ってミサイルを封じ、ビームライフルは盾でしのぐ。

 そのままリヴィアのマカイロドゥスは左脚部を軸足にして即座にターンする。

 まったく同じ行動を取っていたアンジの機体がいる。武装の関係でリヴィアの機体のほうが若干早いはずだったが、違った。


「――ッ!」


 リヴィアが息を飲む。

 ほぼ同時。

 アンジの機体は盾を捨て右腕部にコンツェルシュ、左手にサーベルに持ち替えている。

 超至近距離ならサーベル勝負だ。コンシェルシュは長すぎる。


(才能や反射神経ではない。相次ぐ激戦によって積み重ねられた経験から生まれた技量わざ! 一切のムダがない!)


 アンジのマカイロドゥスがサーベルを一閃するやいなや、コンツェルシュの刀身が斬り飛ばされた。

 リヴィアの機体もまたシールドを捨てるとサーベルに持ち替えている。同じように頭上を取り、空中から一気に襲い掛かる。


(アンジ! アンジ! アンジ! そう! これがアンジ! ラクシャスの乗り手!)


 歓喜が抑えられないリヴィアが叫ぶ。


「アンジ!」


 リヴィアの歓喜に答えるが如く、強襲するマカイロドゥス。一方迎撃する側のアンジの機体は深く腰を落として、大きく腕をふるい斬り上げた。

 マカイロドゥスの右腕部が吹き飛ぶ。――リヴィア機のものが。

 一方リヴィア機のサーベルはアンジ機の胸部装甲を貫いていた。アンジは左腕部で持つサーベルの護拳で間一髪防いで致命傷は免れたものの、勢いを殺すことが精一杯で腕部が大きく切り裂かれた。


「降参だ」


 アンジが操縦桿から手を離す。

 モニターの仮想地形が切り替わり、映像は現実の格納庫に戻った。シミュレーターが終了したのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 アンジは戦闘の緊張を解いて、息を吐きだした。


「リヴィアは強いな。いやー、負けた負けた」


 アンジは感心していた。

 あえてリヴィウの知らない待ち戦術を使った。


 あれほど詳細にアンジのことを聞いているリヴィアなら、普段の戦術も当然知っているだろうと判断した。

 これはアンジ自身が苦戦した経験であり、リヴィウが背後にいないときのみ使用した戦術でもある。

 ひたすら忍耐力を強いられるからだ。


「お疲れ様。これほど緊迫した戦いになるとは思わなかった。さすがだな」

「天才の称号は今日をもって返上します。見事でした」


 リヴィアが潤んだ瞳で言葉を漏らす。


「天才の名に値する技量だ。普通の相手なら斉射の時点で半壊に追い込める」


 シールドでは対処しにくいミサイル、背後を取った時点で勝負はつく。

 プラズマ弾による迎撃は想定外だった。通常のパイロットならあそこで惑い、被弾する。アンジはその隙をつく予定だった。


「コンツェルシュと右腕部を切り落とされてますが?」


 異議ありとばかりに食ってかかるリヴィアをなだめるアンジ。


「俺はコックピットをやられている。リヴィアの勝ちだ」


 あの刹那の攻防こそが自力が出る。

 実力は伯仲していたとはいえ、リヴィアが上回った。


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