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第30話 庶民の味

「あの戦術は俺が実際にやったこともあるし、やられてもっとも嫌だったものだ。数分とはいえ、一対一の敵相手に忍耐を強いられるってのは辛い」

「苛立ちますね。そしてそれがミスにつながり、相手が有利になります」


 リヴィアとしても苦手な戦術だった。

 飛行されるとフーサリアの突進が封じられ、距離を縮めるとすれ違ってまた距離を取られる。


「うん。俺は実戦にでないほうがいいな。整備に徹するとしよう」


 むっとするリヴィアに気付かないアンジだ。自分をあそこまで追い詰めて腕が落ちただなんてどの口がいうのか。

 しかし声には出さない。アンジが整備に徹することがリヴィアの願いだからだ。


「兵装に問題がある。アンジは身をもって教えてくれたのでしょう?」


 リヴィアの機体にビームライフルを一丁装備していれば、また違っただろう。


「意図はな。しかし結果としては敗北だ」

「ブランクがあったとは思えませんね」

「整備で移動ぐらいはさせていたからな」

「みんなリビングで私達の模擬戦を鑑賞していたようです。反省会は食事の後でしましょうか。みんなが待っています」

「そうしようか」

「今頃大騒ぎになっていますよ?」


 リヴィアはゾルザからは模擬戦をリビングで放映したと聞いている。


「ん? どうしてだ」


 リヴィアは苦笑する。鈍感なところも変わっていない。

 あれほどの戦闘を見せられて、グレイキャットの面々が大人しくしていられるはずがないのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


模擬戦を視聴していた四人は、その結末に息を飲む。


「なんだあの二人はー!」


 戦闘が終わったと同時にヴァレリアが叫んだ。


「フーサリアの突進に対しては飛行が最適解な回避方法。ですがフーサリアも飛べますわ。またフーサリアは空中からの突進も可能です」


 ヤドヴィガは注意深く戦術の意図を読み取ろうとしている。


「アンジは先生のよう」


 レナにもアンジが伝えたい意図をはっきりと読み取った。

 兵装が少ない分、リヴィアの取れる行動は限られていた。アンジは明らかに、リヴィア機が不得手な間合いで戦い、そして得意な間合いで強襲を仕掛けた。


「実戦を遠のいていた方とは思えませんわね」

「しかも本来の戦い方ではないっていうね!」


 ヤドヴィガとリアダンも興奮を隠せない。

 アンジが十年ものブランクがあったとは感じさせない戦闘だった。


「ろくな補給もなしにたった一人で戦い抜いたラクシャスのパイロット。驚くに値しない」


 レナも心なしか嬉しそうに、唇に笑みの形を作る。


「そうだね。で、ヴァレリア。自分の機体がリヴィア機を追い込んだ感想は?」

「つきっきりで特訓を受けたい!」


自機の活躍を目の当たりにしたヴァレリアの興奮は収まらない。


「ボクだって受けたいよ!」


 リアダンの本音だった。


「でもとりあえずは料理の続きをしなくちゃね!」

「そうだな!」


 彼女たちは慌てて料理を再開する。リアダンとレナもキッチンに向かい手伝うことにした。

 聞きたいことは食事をしながらでも遅くない。


「リヴィアはカレーが好評だったと。――うん。美味しいな」


 ヴァレリアが多少水を加えて弱火で温め直したカレーの味を確認する。二日目のカレーは美味しかった。

 大量のカレーは今後朝カレーとして消費されていくのだろう。

 作りすぎという指摘はしない優しさがグレイキャットのメンバーにはあった。


「ボクたちはリヴィアのカレーを活かしつつ正統派派の和風で」

「正統派の和風って何」


 レナが哲学的な問いを投げかける。


「とんかつの準備はしているからカツカレー? カレーがあるから寿司はやめろってリヴィアにいわれたな」

「アンジ様が好むものは庶民的な料理ですわね。コトレット・スハボーヴィをアレンジしてとんかつ風にしていますわ」


 コトレット・スハボーヴィはモレイヴィア国でも普通に食べられる、豚をスライスしたものを油で揚げた料理だ。

 モレイヴィア文化圏はかつての地球に存在したポーランドや周辺国の東欧の文化圏を継承している。

 アンジは日本から煌星に植民してきた一団の人間なので、日本の大衆食を好むことは全員知っている。モレイヴィアには日系の移住者も多く、有名なものなら調達可能だ。


「ボクたちもリヴァアにたくさん教えてもらったし、きっと喜んでもらえるよ!」

「お肉料理がお好きだそうですからね。腕が鳴りますわ。ヴァレリアは気合い入っていますね」

「アンジに喜んで欲しいだけだよ。あたしは食事の恩は食事で返したい。アンジが覚えていなくても」


 ヴァレリアにもアンジに対しては深い思い入れがあるようだ。


「リヴィアが大量に作ったカレーも活かして、六人分のカツカレーなら大丈夫かな。コウドゥヌィにならないよう気を付けないと」


 コウドゥヌィは東欧に伝わるひき肉ときのこ、刻んだタマネギなどを生地で包んだ小ぶりの餃子だ。スラヴ語で呪術師という意味を持つ料理だが、逸話は伝わっていない。


「リヴィアはカレーを作りすぎですわ! 揚げ物はフライドチキンぐらいに留めて、焼き物とサラダなども作っておきましょう」

「あとは合いそうな料理だね。ピゴスは外せないね。ピエロギやとかどうかな」


 ピゴスはモレイヴィア国の国民食ともいえる。豚肉、牛肉、鶏肉、シビエを煮込んだ料理で、屋外食としても食され、英語圏ではハンターのシチューとして通っている。

 野外料理に向いているということからもわかる通り少量ではなく大人数に向いた料理だ。


「とんかつが揚げ終わったら、つまみ用に豚やガチョウのローストを作るよ! アンジの口に合うとは思う」


 ヴァレリアはあまり慣れていない料理だけでは不安なので作り慣れた料理も仕込むことにした。


「ボクはルーラードかな」


 ルーラードは薄くスライスした牛肉でピクルスや刻んだタマネギを巻いて焼いた料理だ。添え物として茹でたジャガイモを用意している。

 モレイヴィア国が影響を受けているポーランドの食文化は多様なハムやソーセージなど加工肉にある。

 彼女たちはアンジが肉好きという情報を得ているので、その点では心配なかった。


「スープは…… レナが担当か」


 三人が盛り上がる中、レナは割烹着を着て黙々と味噌汁作りに精を出していた。あまりに馴染んでいるので割烹着姿に誰も違和感を覚えていない。


 アンジとリヴィアがダイニングルームに入ると、すでにたくさんの料理が並んでいる。


「いつもこんなに豪勢なのか?」

「いやいや。いつもは各自好き勝手に食べているから。アンジ入隊記念だよ!」


 リアダンの言葉に、アンジは唖然とする。


「みんなと揃って食べるなんて久しぶりですね」


 リヴィアがはにかんだ笑顔を浮かべる。


「そうだねー。メンバー出撃のみならず、単機応援依頼とかひっきりなしだもんね。二ヶ月ぶりぐらいじゃないかな」


 リアダンがしみじみと口にする。どうやらグレイキャットへの依頼は相当多いようだ。


「外勤の方たちも揃えばいいのですけどね」


 ヤドヴィガの言葉から察するにどうやらグレイキャットのメンバーで揃うことは相当珍しいようだ。


「いつもこうやって食事できるようになるといいなぁ」


 ヴァレリアの言葉に一同が頷く。 


「さあ。みんなで食べようぜ!」


 屈託のない笑顔を浮かべるヴァレリア。リヴィアに無言で促されてアンジは席に座る。

 目の前には香ばしい香りのカツカレーと福神漬け。テーブルには色とりどりの料理が並んでいる。


「いただきます」

「いただきます」


 リヴィウの影響なのだろうか、少女たちもごく自然に口々にいただきますなどという日本独自の風習を口にする。

 アンジはふと違和感を覚える。カレーはスプーンだが、大皿には取り箸と大きなサービングスプーン。

 ヴァレリアが皿に料理を載せて、アンジに渡してくれた。



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