目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第31話 団らん

 右隣にいるリヴィアが飲み物を注ぎながら、緊張しているアンジに声をかけた。


「アンジ。かしこまらないでね?」


 リヴィアがアンジに微笑みかける。

 アンジは気恥ずかしくなって首を縦に振るだけだった。


「そうそう。たくさん食べようぜ!」


 ヴァレリアの言葉で皆がサラダやカツカレーを食べ始める。


「大人数だと料理しがいがあるというものですわね」

「俺もこんな大人数で食事など久しぶりだ」


 食事では人柄もよくわかる。

 リヴィアは口数が少なく、リアは無言に近い。リアのほうがよく食べるように見えた。

 ヤドヴィガは所作一つ一つに優雅さがある。とはいえ小食というわけでもなく、育ちがいいのだろう。

 ヴァレリアとリアダンは同世代ということもあってよく笑い、よく話す。


「どうしたの?」


 アンジの雰囲気を察知したリヴィアが案じて言葉をかける。


「どの料理も美味しすぎて感動して思わず泣きそうになった。本当に美味しいよ。ありがとう」


 ふと感慨深いものがこみ上げてくる。

 勝手に世界から背を向けていた自分が、これほどのことをしてもらう価値があるのだろうか、と。


「喜んでもらえて嬉しいよ!」

「ええ。本当に!」


 ヴァレリアたちにとってはアンジが感激して涙目になったという事実が嬉しかった。


 レナが鍋の蓋を開ける。


「アンジはカレーに味噌汁はありだとリヴィウから聞いた。味噌汁も飲んでみて」

「ありだよあり。俺はカレーに味噌汁あったほうが嬉しいんだ」


 左隣にいるレナがよそってくれたお椀を受け取り、味噌汁をすする。


「合わせだしに具材はわかめと豆腐でシンプル。完璧だな。美味しい」


 赤味噌と白味噌をブレンドした味噌汁は完璧な調和を醸し出していた。出汁もしっかり取っている。

 具はわかめと豆腐のみだが、シンプルでアンジの好みを捉えている。


「ん」


 お世辞ではないことが伝わったのか、レナは笑顔を浮かべる。

 リヴィアのカレーもそうだが味覚が違う文化圏で、これほどの味を再現するとは並大抵のことではなかっただろう。


「みんな箸の使い方が上手いな」


 思った事を口にする。肉料理を箸で食べている。

 箸の使い方など、それこそ日系の移住者でなければ無用の長物だろう。


「グレイキャットの必須技能だからね。推奨じゃなくて、必須」


 リアダンが悪戯っぽく笑う。箸の使い方に自信があるのか、上下に動かしてみせた。


「なんで?」

「こんな風にみんなでご飯を食べるためだよ! アンジと食卓を一緒にご飯を食べるというボクも夢が叶った!」

「箸が使えなかったらどうなるんだ」

「特訓かな。使えるようになるまではこの格納庫に入れないよ」

「特訓するのか」

「もっともそんな初歩的なところでつまずいたメンバーは誰一人いないから安心してね! つまり箸の練習をさせられた人はいないってこと」


 リアダンは耳をぴこぴこさせながら、にかっと笑う。


「良かった」


 アンジは自分のせいで箸の特訓をさせられたメンバーがいないことに安堵する。


「ありがとうはいらないからね。料理を楽しんでくださいな」

「ああ。食べさせてもらう」


 また少し涙目になりそうになったが、冷静に考えるとやはり彼女たちの感情は重い。

 異文化の衝突は食事など生活からだ。それなのに、彼女たちは、アンジが来る前からすべてアンジとリヴィウが暮らした時に培った生活様式や食事に合わせている。

 これは並大抵のことではない。、


(やはりやりすぎなのでは)


 慕ってくれることには素直に感謝したいが、アンジの生活習慣まで摸することはない。

 強制されたわけでもなく、やはり一言でいえば感情が重いのだろう。


「うん。ピゴスも柔らかくて食べやすい。モレイヴィアの料理はあまり食べなかったからな」


 肉を煮込んだ料理を食べて、しみじみと感想を述べる。シチューは小麦粉のルーだが、ビコスはザワークラウトがベースだ。

 リヴィウに送金するため食費を削っていたなどというと怒られそうだと、言葉を慎重に選ぶ。


「あたしが作ったんだ! コンビーフ缶よりは美味しいよ」


 にこやかな笑顔に固まるアンジ。

脳裏によぎった光景。十年以上前に記憶。

 暗くて寒い冬。焚き火の向こうでぎこちない笑顔を浮かべている犬耳の少女を思い出したのだ。


 思い出してしまったからにはアンジも覚悟を決めて、ヴァレリアとの出会いを切り出した。 


「ヴァレリア。あのまずいコンビーフ缶とこの美味しいビゴスを一緒にしてはいけないな。あの時は確かオートミール。イマイチですまなかった」


 村を焼かれて親とはぐれた少女を助けたアンジたちは、リヴィウや少女と三人で焚き火を囲んで一緒に食事をしたことを覚えていた。


「ア、アンジ? あたしのことまで覚えていたんだ!」


 ヴァレリアは嬉しさよりも驚愕が先にきた

 目を大きく見開いているが、尻尾をぶんぶんと左右に振って歓喜を表現している。


「常夜の時期だったな。焚き火を囲んで、リヴィウと三人で」


 煌星は自転が遅く、昼と夜がとても長い。地球でいえば数年が昼で、数年が夜だ。


「そうです……」


 ヴァレリアは瞳に涙を湛えている。衝撃と歓喜で、何を話していいかわからず混乱している。


「ご、ごめん。柄じゃ無いってわかってるんだけどさ! 嬉しくて」


 アンジもどう声をかけていいかわからない。

 彼女にとって自分が命の恩人であり、心細かったとき寄り添った大人であることは頭で理解している。

 ヴァレリアは会話を繋ごうとして考えるが、顔を真っ赤にしたまま、しゅんと犬耳を伏せて横を向いて恥ずかしそうに俯いた。


「ヴァレリアがパンクしてしまったようですわね。――羨ましいです。でも今は食事の続きをしましょうか」


 ヤドヴィガが優しくフォローする。


「ヴァレリア。話すことはたくさんありそうだ。時間もある。慌てなくてもいい」

「そ、そうだよね」

「俺のほうこそ、覚えていてくれてありがとう」

「そんな! 話したいことがどんどん増えていくよ……」


 きっとグレイキャットに入隊するまでにも色々な出来事があったのだろう。

 高校を卒業してすぐに入隊したからには、大学進学よりも戦うことを選んだのだ。


「あと三人思い出さないといけないわけか」


「リアダンとヤドヴィガとはどこであったんだろうか」

「リヴィウとリヴィアは現し身みたいな関係だから大丈夫。あとはボクとヤドヴィガだけだけど、思い出さなくても待つし、無理に思い出さなくてもいいよ」

「そうですわね」


 慌てたように二人がフォローを入れる。


「私も急ぎません。今ここにアンジがいてくれるんです」

「そうだよ。もう本当にそれだけで良いぐらいだったのに覚えていてくれた!」

「レナはたくさんアンジとお話したいことがあるよ?」

「みんなと話そうか」


 ようやくリヴィウ以外の人間にも多くの影響を与えていたことをアンジは知る。

 自分が関わった人間が、どのように時間を過ごしていたか。初めて知りたいと思ったのだ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?