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第38話 孫娘

 アンジにも知っている武装があった。


「斧や破砕槌か。戦ったことはあるが自分で使ったことはないな。一度見て見るか」

「格納庫には全部あるよ! 好きなだけ触れて感想を聞かせて」

「そうするよ。コピアも使ったことは二回しかないな。補給の関係で突剣ばっかりだった」

「よくもその状況で一年間戦い続けていましたね」


 アンジは少しだけ苦い顔をする。


「リヴィウを後ろに乗せていたからな。そもそも致命的に危険な戦場は避けていた。念入りに調査して奇襲が基本だった」

「戦場はどこも危険だ。致命的に危険な戦場を避けるという判断ができるパイロットは優秀だと思うな」


 ヴァレリアが目を輝かせる。


「リヴィウのおかげだ。リヴィウの情報処理能力は卓越していたからな。安心して背中を預けられる相棒だ」

「過去形ではないんですね!」


 リアダンがリヴィアに意味ありげな視線を送りながら、指摘する。


「そうだな」


 アンジは言葉少なに肯定する。


「リヴィウがいないときは距離を取って戦っていたよ。だからさっきもいった通り、背伸びしていたんだな」


 アンジが自嘲するかのように笑う。


「背伸びして何が悪いのさ。あたいはアンジの前なら背伸びしそう」

「ダメだぞ。第一、あの戦術は我慢比べみたいなものだ。ヴァレリアは適度に攻めたほうがいい」

「あはは。いえてる」


 ヴァレリアが笑うと、リヴィアが神妙な顔でアンジに問いかける。


「アンジがあのような戦い方をするなんて知りませんでした」

「リヴィウにも内緒にしていた戦い方だからな。ラクシャスは滅多にしない、消耗戦覚悟の決戦兵装。徹底的な遠距離重視の戦い方だったんだ」

「え…… 決戦?」


 リヴィアがはじめて聞く言葉に絶句する。


「俺的にも遠距離からちまちま攻撃してしびれを切らした敵を各個撃破なんて、格好悪い戦いだしな、決戦兵装とかいうとリヴィウが心配するだろ。知られたくなかった。リヴィウが寝たあとに消耗品の遠距離兵装をかきあつめて要所を攻略していたんだ」

「リヴィア! 気を確かに!」


 ふらっとするリヴィアをリアダンがさっと支える。


「そ、そこまでのことではないと思うが」


 貧血を起こしたかのようなリヴィアに、アンジは戸惑いを隠せない。


「そこまでのこと」


 レナがリヴィアの気持ちを代弁した。


 場を取り繕うかのようにヴァレリアが助け船をだす。


「アンジ様は要所といいましたが、決戦兵装をどのような戦場で使ったのでしょうか」

「数回しかないよ。ヴァルヴァのカジミール・ヴィーザル上院議員の要請を受けて俺とヴィーザル家に伝わっていたフーサリア。そして数機のハサーやエクィテスで……」


 アンジの視線がヤドヴィガに止まる。

 脳裏にちらつく姿があった。


「カジミール上院議員は狐寄りフォックスライクで孫娘がいたな。ヤドヴィガという名の……」


 脳裏に浮かぶ、気骨ある老人の後ろに隠れるような、白いワンピースを着た狐耳をもった愛らしい少女の姿。


「わたくしです。カジミール・ヴァーザルの孫ヤドヴィガ・ヴァーザルです。思い出していただけて光栄です。お久しぶりですねアンジ様」

「はは…… そうか。あの時の。収監中に上院議員は亡くなられたと聞いた。葬式にも出席できず、薄情者で申し訳ない」


 アンジは乾いた笑いを漏らした。確かにヤドヴィガとも会っていたのだ。

 気まずいが何よりも葬儀に顔を出せなかったことが悔やまれた。

 カジミール上院議員は人嫌いのアンジが交流をもった、数少ない戦友といえる、年上の紳士だった。

 無鉄砲なアンジによく小言をいっていたものだが、嫌いではなかった。

 カジミールは上院議員という名目だったが、命を賭けて領民を守る貴族を体現したかのような男だった。レステックとともにアンジが敬意を表する数少ない有力者の一人だった。


「あなたの祖父は生粋の騎士だった。肩を並べて戦うことはできなかったが、役に立てたとは思っている」

「謙遜も嫌味だとリヴィアにもいわれましたよね?  祖父は最後の時まであなたさまとの共に戦い抜いたことを自慢しておられました。ラクシャス一機が五十機以上のハサーを相手に立ち回り、祖父のフーサリアが強襲を仕掛けたと聞いております」

「ご、五十機?」


 ヴァレリアも声をあげる。聞いたこともない話だった。

 リヴィア以外にレアの意識も遠のいているようだ。ヴァレリアが慌ててレナを支えている。


「アンジ様は祖父のために囮役を買ってくれたのですよ。かの有翼衝撃重騎兵フーサリアを彷彿させる活躍でした。無償で、ですよ?」

「無償ではない。食糧やフーサリアのパーツをわけてもらった」

「当家の格納庫に眠っていたものを分けただけですわ」


 リヴィアがようやく割って入った。


「待って。色々聞きたいことがあるのですが。初耳のことが多すぎて」

「まあな」

「まあなではありません。――ヤドヴィガのことを覚えているとはいいのですが、フラれたってどういうシチュエーションだったのでしょうか?」

「そこか! 五十機相手のことじゃないのか!」


 ヴァレリアが呆れた声をあげる。


「俺もてっきりそっちだと思っていたぞ」

「そちらのほうはきっちり詰めて話してもらいます。今後の方針を決めるためにも」

「同感。ヤドヴィガの話を早く」


 リヴィアとレアが一心同体のような連携を見せる。


「フったというか。爺さんの話だよな。おっとすまない」

「爺さんで構いませんよ。そのほうが祖父も喜びますわ」


 言い直そうとするアンジを制してヤドヴィガが微笑みを浮かべる。


「祖父公認は気になるよね」


 リアダンはけらけら笑って状況を楽しんでいた。




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