目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第66話 リアダン5

「もう大丈夫だ。がんばったな」


 それだけで奇跡のような光景だ。

 自分の願いで死にかけた男が、微笑みながら手を差し出してくれている。


「……うん」


 全身も痛むが、なんとか動く左腕を伸ばす。

 アンジはリアの細い腕をつかみ、引き揚げる。


「もう大丈夫だ。リアのお姉さんも助かる」


 思わずリアはアンジにしがみついた。体が震えている。

 今更死の恐怖を実感したのだ。

 生きるか死ぬかの瀬戸際にあったい。

 震えるリアの腰をしっかりと掴み、アンジはラクシャスに戻った。


「リヴィウ。止血を頼む!」


 リアを後部座席のリヴィウに託す。


「うん!」

「ボクは大丈夫だよ。大げさだ」

「黙って。脚が赤くなっているし! 冷やさないと!」


 リヴィウがテキパキと応急処置している。


「リアクターは腰部に内蔵されているから、コックピットは下部の爆発には強いようにできている。それが幸いしたようだ」


 アンジもようやく安堵したようだ。


「リア。俺達はこの場を離れないといけない」

「どうして? ――ラクシャスが違法機体扱いになるから?」


 やはりリアは頭の回転が早い。アンジの状況にすぐ気付いた。


「そうだ。君は選べ。ここに残って治療を受けて、お姉さんたちの解凍を待つか、洞窟に戻るか」


 アンジは必ずリアの意志を確認してくれる。

 それが何より嬉しかった。


「洞窟に戻るよ。あの人たちが解凍してくれるんでしょ?」

「ああ」


 リアと話をしているとモレイヴィア国のパイロットがラクシャスの足元で手を振っている。

 アンジより年上で、髭面だが表情の明るい男だった。


「ラクシャス殿! 捕まえたりしないので、一度降りて話をしましょう!」

「どうするの?」


 心配そうにアンジを見つめるリヴィウ。

 罠の可能性もある。


「今回は助けてもらった借りがある。俺を殺すつもりならもう少し待てばいいだけだからな。降りて話すよ」

「気を付けてね」


 リヴィウに手を振ってラクシャスから降りるアンジ。

 王国軍のパイロットは手を差し伸べる。


「モレイヴィア軍ヴィトルドと申します。お噂はかねがね聞いておりますぞ。ラクシャスのパイロット。今回その戦闘を間近で見ることができて僥倖でした」


 胸につけている階級章は少佐だった。有能なのだろう。


「俺の名はアンジ。こちらこそ助かった。連絡してからの動きも早い。さすがだ」

「そう仰っていただき感謝です。ヴァルヴァ救出には後塵を拝してばかりで。私の妻もヴァルヴァであなたの大ファンなのです。一つ自慢話ができました」


 アンジが苦笑する。

 本来なら違法のフーサリアに乗り回して各地に暴れ回っている自分が捕まらないほうがどうかしている。


「お話中失礼します。急ぎ、この少女が少佐にどうしてもお伝えしたいことがあると」


 ヴァルヴァのパイロットがカーテンのような布で体を覆った少女を連れてきた。リアよりは年が上のようだ。

 体中傷だらけで、髪色が白で金色の瞳。なによりヴァルヴァのような獣耳がない。リヴィウと同じ廃棄物と呼ばれるヴァルヴァだった。

 性的なものも含めてあらゆる虐待を受けていただろうことは明白だった。


「レンカ。彼女にせめて服を」


 ヴィトルドがレンカと呼ばれた女パイロットをたしなめる。

 青ざめて痩せこけた傷だらけの体。あまりにも無残な姿だったからだ。こんな目に遭う危険性があるのでリアも男装の姿をしていたのだろう。


「申し訳ございません。体中が痣や傷がひどく、服を着せるにも良い素材がなかったのです」

「そこまでか。話が終わったらすぐ治療を」

「はい」

「そんな状態で伝えたいことがあるってことだな。言ってごらん」


 アンジは優しく言葉をかける。


「わ、わたしははいきぶつで…… なはありません。たすけてくれてありがとうございます」


 少女がたどたどしく話す言葉遣いにヴィドルドとアンジが胸を締め付けられる。廃棄物扱いでろくに教育も施されなかったことがわかるのだ。

 隣にいる女パイロットは今にも泣きそうだが、ぐっとこらえている。


「でもわたしはまだましなほう。おねがいします。なかまをたすけてください。あにまるらいくのなかまは、てっぽうのひょうてきにされてうたれてしんでいます。わたしのようなはいきぶつはみせものとして、いきたままとけたてつになげこまれているんです」


 少女がすすりなく。

 ヴィドルドが拳を握りしめ怒りをこらえる。


「辛かったな。よく耐えた」


 アンジが優しく少女を励ます。


「わたしはまだいきているから。でもとけるてつにおちていくこどもたちのひめいがわすれられないの。えものだといってかられたあにまるらいくのしたいをみせられて。そのあとりょうりされてしまうとたべられてしまいます。あそびでころされたあのこたちがいちばんかわいそう」


 おそらく軍上層部の異常者は見せしめのために少女にその調理する現場や食事を見せつけたのだろう。

 少なくとも獣似アニマルライクは市民権を得ているはずだ。にも関わらず、野生鳥獣のように狩りの対象になり、食されている。


「食べるって……」


 ヴァルヴァの女性パイロットであるレンカは任務中にもかかわらず、こみ上げる嘔吐感を抑えられないようだ。

 おぞましさに身を震わせる。


「生きている君の仲間は必ず助け出してやる。君はまず、怪我を治して。この人たちを信用して。――レンカ。どうかこの子をよろしく頼む」

「もちろんです!」

「急ぎ命令を伝える。少女を医療班に引き渡したのち、部隊内で全情報を共有。生きている太陽圏連合軍本部の連中を締め上げてヴァルヴァの工場がある場所を聞き出せ。どんな手を使っても、だ」


 少女を怯えさせないよう、ヴィドルドは声音に気を付けているが、押し殺した怒りは隠しきれていない。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?