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第67話 リアダン6

「生きている君の仲間は必ず助け出してやる。君はまず、怪我を治して。この人たちを信用して。――レンカ。どうかこの子をよろしく頼む」

「もちろんです!」

「急ぎ命令を伝える。少女を医療班に引き渡したのち、部隊内で全情報を共有。生きている太陽圏連合軍本部の連中を締め上げてヴァルヴァの工場がある場所を聞き出せ。どんな手を使っても、だ」


 少女を怯えさせないよう、ヴィドルドは声音に気を付けているが、押し殺した怒りは隠しきれていない。


「は!」


 レンカは決意を込めて敬礼すると、少女を連れて場を離れた。同僚のヴァルヴァパイロットにことの次第を伝え、医療班の到着まで彼女の治療にあたる。


「なあ。太陽圏連合軍はいくら落ちぶれたからといっていつから人喰いの殺戮集団になったんだ」


 太陽圏連合本部軍も太陽圏連合煌星部軍も太陽系を支配した時代など過去の栄光に過ぎない。


「腐敗した軍の連中は一部だと信じたいところですがね。噂では聞いていましたが、実際に目撃者から聞くとなると違います。ヴァルヴァを食べるとは悍ましい……」


 あまりに凄惨な内容だ。ヴィドルドも今すぐコンテナ船の兵士たちを皆殺しにしたい気分に駆られたほどだ。

 人間である彼がそうなのだからヴァルヴァのパイロットたちの怒りは凄まじいものだろう。


「しかし今聞いての通りだ。言葉もろくに話せないあの少女が嘘をつくメリットはまったくない」

「我が軍も全力で対処します」


 この国の領内で起きていることなのだ。軍や政府の責任でもある。

 別のパイロットが駆け寄り、耳元で囁く。ヴィドルドは大きく頷いた。


「裏付けが取れました。食用冷蔵庫からヴァルヴァの遺体が見つかったそうです。成人はいません」

「工場生まれのヴァルヴァか」


 アンジの推測にヴィドルドは頷く。そも寿命が人間以上のヴァルヴァの成人を食肉にするということは非効率だ。


獣似アニマルライクのヴァルヴァを猟銃で狩って喰っていた。廃棄物だからといって見世物として生きたまま溶鉱炉に落とす。人間の所業じゃねえ」

「まったく同意見ですよ。しかし今ここを離れるとまずいな。冷凍睡眠の解除中に襲撃されたら」

「あんたたちはそっちを優先してくれ。その工場には俺がいく。とにかくやめさせる」

「太陽圏連合軍本部の兵がいる可能性がありますよ。政治的な問題です」


 ヴィドルドは苦虫をかみ潰した表情だ。彼自身そんな権威は糞食らえと思っているのだ。


「いくさ。俺一人なら政治問題にならない。俺はラクシャスを修理して急行する。あんたはモレイヴィア城塞からダメ元で応援を頼んでくれ」

「応援が来ないなら当部隊が出撃しますよ。しかしラクシャス単機での強行は危険です!」

「軍がすぐに動けないなら、動ける人間がやるしかない。俺の個人通信IDをあんたにだけ教える。工場の場所を聞き出したら教えてくれ。――しかしここで良かった。子供たちには聞かせられない内容だ」

「まったくです。では私のIDも」


 アンジは誰ともコンタクトを取ろうとしなかった。ヴィドルドは思わず手が震える。

 モレイヴィア国内で解放者ラクシャスの通信用IDを知っている者はカジミール・ヴィーザル侯爵家の者だけといわれているほどだ。


「このIDをもう一人に教えていいか。子供たちが集団で避難している場所がある。ヴァルヴァも人間もいる。この船の処置が終わってからでいいから、あんたたちの手で保護して欲しい。冷凍睡眠されている人たちの子供なんだ」

「まだ被害者がいるのですね。もちろんです。モレイヴィア城塞に連絡して、我々はこの船を最優先でなんとかします」

「もう少しゆっくり話したかったな。まあ、いつか機会もあるさ」

「不甲斐ない我々を許して欲しい。本来は国の責任なのだから」

「モレイヴィアは良い国だよ。各地を回った俺が保証する。ただし、ちと広大すぎる国土が問題だな。ヴァルヴァという種を利用した悪意ってのか。負の遺産があちこちにある」


 モレイヴィア国のレスリック大統領は良い統治者だが、広大すぎる領土で国の管理が行き届かない場所が多数ある。

 いまだに非合法のヴァルヴァ生産工場を摘発しきれていない。


「はい。レスリック大統領にもそのお言葉、必ず伝えます」

「よせよせ。俺は犯罪者だぞ。では少佐殿。連絡を待っている」


 そういってアンジはワイヤーに乗り、ラクシャスのコックピットに戻る。

 怪我をしたリアに、リヴィウが丁寧に鎮痛剤入りの軟膏を塗っていた。


「洞窟に戻る。リヴィウ。頼みがあるんだ」

「なに?」

「この船に囚われている人たちが冷凍睡眠を解除されるまで、リアと一緒に洞窟の子供たちを安心させて欲しい。俺はラクシャスの修理に戻らないといけない。腕部破損はまるごと交換だな」

「……何か危険なこと?」

「さっきの戦闘よりかは危機なことはしないさ。何よりモレイヴィア軍に捕まらなかっただろ?」

「そうだね。わかったよ」

「俺の渡した携帯端末は離すなよ。すぐ連絡が取れるようにな」

「もちろん!」


 次にアンジはリアに向けて語る。


「俺と話していた人間のIDをリアに教えておく。 ヴィドルド少佐という名で今いる部隊の隊長だ。船の処理が終わったらリアたちを保護してくれる。その時にはリアのお姉さんたちと再会できるさ」

「なにからなにまでありがとう。アンジ」

「礼は再会してからいってくれたらいい。まだどうなるかわからないからな」

「慎重だね」

「ぬか喜びさせては申し訳ないからな」


 アンジは苦笑してラクシャスを子供たちがいる洞窟に移動させる。

 リアとリヴィウを降ろしたあと、至急アジトに向かう。ヴァルヴァの工場を解放しなければいけないのだ。


「ああいうときのアンジはね。さっきと同じぐらい危険な戦闘する場合が多いんだ。だからボクもわがままいえないんだよ。ボクの願いは一緒に生きる。それが叶わないならせめて――一緒に死ねたらいいのに」


 寂しそうにリヴィウが笑う。

 付き合いの短いリアはかける言葉もない。それでも、リヴィウが羨ましいと思った。


「帰ってくるよ。必ず」


 本当にいいたかった言葉を飲み込んで。


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