それからはあっという間だった。
リヴィウはいつの間にかいなくなり、すれ違いのようにヴィドルドから連絡があった。無事リアの家族が救出されたことを知る。
「リアダン!」
姉がリアの本当の名を呼びながら抱きしめた。背後から彼女の夫である人間の男性が見守っている。
「無茶をしたって聞いたわ。でもありがとう」
「ボクは何もしていないよ。感謝ならラクシャスの乗り手にいって」
「本当に! お礼が言いたいわ!」
「もうここには帰って来ないと思うな」
寂しそうに笑うリアダン。
本当の名前を告げる前に二人はいなくなってしまった。
集団誘拐事件以降、姉夫婦と一緒に暮らしていたリアダンだったがラクシャスの乗り手が逮捕され死刑判決が下ったというニュースに絶望した。
「姉さん。ごめん。ボクはどうしても確かめたいことがあるんだ。モレイヴィア城塞に行きたい」
「いいよ。私があなたの立場なら同じ行動をしていたでしょう。あのお方が大量虐殺犯で児童誘拐犯というなら、私達ヴァルヴァの存在意義さえ喪失してしまう」
「うん」
リアには一つだけツテがあった。
ヴィドルド少佐だった。あの事件後にもたまに連絡を取り合っていて、アンジ逮捕の件も先に聞かされていたのだ。
ヴィドルドは今や中佐だった。リアダンは彼自身から招かれモレイヴィア城塞の家に招かれたのだ。
大きな屋敷で何十人と住めそうなほどだ。
「よくきてくれたね。リアダン。お姉さんたちは元気かい?」
ヴィドルドは快く迎えてくれた。彼女の妻も
「おかげさまで。本当にあの事件では何から何までお世話になりました」
残念なことに両親が亡くなっていた子供もいた。ヴィドルドはそんな子供たちのために翻弄してくれたことを知っている。
心優しい里親が見つかり、孤児院に入った子供は誰もいない。
「私もご一緒していいかしら? リアダン。私の名はウタ。よろしくね」
「もちろんです!」
ヴィドルドの妻は嬉しそうに目を細め、席に座る。
「アンジ殿の真相が知りたいんだね」
「はい。どうして大量殺人犯なのか。そして児童誘拐犯なのか。リヴィウのことでしょう?」
「そうだよ。何から話せばいいのか。彼が自首した相手は私なんだよ」
「え?」
「私だって何度も説得したさ。しかし太陽圏連合の追跡が限界にきていたらしい。私が見た限り、あのラクシャスも限界がきていた。それなら別の方法もあるはずだと話したんだが、彼の決意は変わらなかった」
「どうして……」
「彼は大きな功績を残した。その功績は火星支部軍にとっては犯罪だ。彼は身もしらんヤツの手柄になるのは嫌だが、あんたなら構わん。立場的にもちょうどいい、と。――私だって彼を捕まえたくなかった!」
ヴィドルドは苦悩の末に受け入れたことは垣間見ることができた。
アンジは彼を信頼したからこそ、自らの身柄を引き渡したのだ。
「条件は一つだけ。リヴィウの養育環境を整えること。それが叶うなら今すぐ銃殺でも構わないし政治上必要なら裁判をした上で、太陽圏連合火星支部軍に引き渡してしてくれと。とにかくあんたたちがやりやすいようにと。どこまでお人好しなんだと私は絶望したよ」
「アンジらしいですね。でもその絶望はわかります」
アンジと話していて気付いたが、自己評価が低すぎる。むしろ無価値かマイナスとさえ思っている節がある。
短い付き合いだが、そのわずかな時間でもリアダンは察することができた。
リヴィウも腐心して巧妙に立ち回っていたはずだ。彼女は頭脳明晰すぎたきらいさえある。
「コンテナ船以外にもヴィーザル家に侵攻した煌星支部軍を撃退した他にもヴァルヴァ工場にいた太陽圏連合本部軍の高官を殲滅したことは事実だ」
「アンジ様は彼等の無法を正しただけです」
「そうだよウタ。私も参加した作戦が二つもある。そんな彼が罰せられていいわけがない。レスリック大統領閣下は彼を保護するためにあえて属地主義の自治権に基づく非公開軍事裁判によって死刑を宣告した」
「国家主権を主張したのですね」
「モレイヴィア国内での犯罪なので他国は干渉するなということだね。火星支部は国ではないが、直轄地も多く国ともいえる権力を有していた。これを突っぱねるんだ」
「そういうことか。あくまで死刑囚として監獄にいてもらって、時期をみて? モレイヴィアでは死刑宣告されても執行されることはごく希だと聞きました」
煌星での法制度と刑罰は罪と罰の天秤ではなく、被害者の補填にあてられる。凶悪犯の多くは強制労働行きであり、死刑宣告されても実行されたことはない。
「そういうことだね。それにラクシャスの乗り手をさっさと死刑にしたと通達してごらん? この国どころか他国のヴァルヴァが蜂起するかもしれない」
「ですよね」
「表向き死刑にして名前を変えさせて身柄を解放するという案もあったそうですが、アンジ様が拒否したと。見せしめは必要であり、それぐらいの価値はあるだろうと仰ったそうです」
ウタも夫をフォローする。彼女も熱心なラクシャスの乗り手ファンであることはリアダンも聞いている。
「あの人は自分の価値を低く見積もりすぎなんだ!」
リアダンはおもわず毒突いてしまう。
「私もそう思う。むしろ価値がありすぎて、ヴァルヴァ解放戦線までが彼の身柄を要求してきた」
ヴィドルドとしても異論はなさそうだ。
「あの人たちはあの人たちで過激派すぎですよね」
ヴァルヴァ解放戦線はヴァルヴァの優位性を主張して、ヴァルヴァこそが人間を管理すべきという過激派組織の名だ。
「だからこそヴァルヴァの人望が篤い神輿としてアンジ殿を自らの組織に取り入りたいんだ」
「正統性みたいなものも主張できるよね。人間があれだけヴァルヴァを助けていたなら」
「どんな組織も大義名分は必要ですね。そういうことですリアダン」
ウタが同意の意を込めて深くうなずいた。