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第69話 リアダン8

「ラクシャスはどうなったの?」


 リアダンがきになっている件を確認する。アンジの愛機についてだ。


「証拠品として押収されてスクラップ行きだという話だ。取れる部品があるなら売ってリヴィウが勉強するための足しにして欲しいらしい」

「リヴィウが可哀想。あの子はそんなこと、望んでいないはず……」


 リアダンはリヴィウを思って自然に涙がでた。


「そうよね」


 優しくウタがリアダンを抱きしめる。


「フーサリアのリアクターだけでもかなりの金になるが…… そこは政府次第だが、おそらくは本人の意を汲まれると思っている。当然だがアンジ殿に感謝している者の一人はレスリック大統領本人だ」

「そうですよね……」


 リアダンはウタとヴィドルドを見つめて思った事を口にする。


「お願いがあるんです。どこでもいいので私に働き口を探してください。まだ九歳で、働いてはいけない年齢だけど。たとえばこのお屋敷で小間使いをさせていただくとか」


 ヴィドルドとウタ夫妻のもとなら安心して働けるはずという思いから出た願いだった。


「どうして働きたいの? その答えによって私達の答えも変わるわ」


 ウタが優しく問いかける。


「アンジを追い掛けたくて。でも出所するまで時間があるから。それなら私もリヴィウみたいに大学を目指して勉強しようと。姉夫婦には迷惑もかけたくなくて、学費も自分で稼ぎたいのです」

「ならダメね。可愛らしい子」


 ぎゅっとウタに強く抱きしめられる。


「いっそ私たちの養子になっちゃいなさい。この家は広いし、問題ないわ。ここに住みなさい。そして大学を目指して、将来はアンジ様をあなたが支えるの」

「え? ダ、ダメです! ウタがとても若いお母さんになってしまいます!」

「大丈夫よ。そんなこと気にしないの」


 ウタは母猫のような包容力で、リアダンを包み込む。


「そうだな。私もウタに賛成だ。一人養っている子がいる。名はブランシュといって、君よりは年上だがその子は虐待を受けていてね。読み書きの練習から始めている。君も学び、彼女にも色々教えてあげて欲しい」


 ヴィドルドが養っている娘こそ、救出された廃棄物と呼ばれた少女だった。リアダンが九歳なら四歳違いだろう。


「もちろんです! でも本当にいいんですか?」

「私のためでもあるんだよ。聞いてくれるかい?」


 リアダンはヴィドルドの告白に力強く首を縦に振った。


「私はアンジ殿を捕まえた功績によって中佐になった。これほど嬉しくない昇進は生まれてはじめてだ。罪悪感すら覚える。そんな私がアンジ殿のためにできることは何か? 今まで以上にヴァルヴァ救出に尽力すること。そして彼が救った人々を助けることだ」

「夫は軍人だから大きなことはできないわ。でもあなたのように縁があった子なら手を差し伸べることぐらいはできる。あなたが勉学に専念できる環境を整えることは私達夫婦のためでもあるの」

「それにアンジ殿が釈放された時、追い掛けるんだろ? 大学で必要な知識を身につけなさい。そしてアンジ殿を助けるんだ。これは私にとっての投資でもあるんだよ」

「投資って…… 嘘が下手ですよヴィドルドさん。でも、ボクは勉強がしたい。そしてお二人とアンジにいつか恩返しがしたい。御願いしていいですか?」


 ありえない光明にすがる思いのリアダンだった。


「ようこそ。リアダン」

「嬉しいわ。こんな可愛い子猫ちゃんが私の娘になるなんて」


 心から嬉しそうに、ウタは破顔した。

 リアダンの運命は大きく変わったのだ。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 姉ブランシュとリアダンは別の進路だったが希望の大学試験に合格した。姉であるブランシュは最初こそ学力がまったくない状態だったが、二、三年ほどで優秀といわれるリアダンを追い抜いたほどだ。

 気を遣わなくてもいいのにとなんどもリアダンが言ったにも関わらず、ブランジュは妹と同じペースで歩むことを望んだ。

 ヴィドルド夫妻にも長女と長男が生まれ、一家六人仲良く暮らしている。


 モレイヴィア城塞の街中を姉と二人で歩いていた。

 ワンピースの姉と、帽子にシャツとロングパンツを履いているリアダン。傍から見ると姉弟にも見えだろう。


「リアダン。尾行されている。標的は多分私。すぐに離れて」

「わかった」


 聞こえないほどの小さな声でやりとりをして、すぐに離れる。

 人混みの中から、ブランジュに近付く男がいた。

 背後から現れた熊似ベアライクの大男がブランジュの手をとり、腕を後ろに回そうとする。段取りがいいことに背後にはワンボックスタイプの車が近付いている。


「えい!」


 熊似のヴァルヴァの腕を取ると投げ飛ばして床に叩き付ける。頭から落とされた熊似の男は一撃で昏倒した。


「この廃棄物がッ!」


 狐似フォックスライクのヴァルヴァ二人が暗がりから飛び出し、ブランジュに襲いかかる。

 一人は飛び出したリアダンが顎に拳を叩き付け、一発でKOした。

 もう一人の狐似のヴァルヴァはブランジュの拳を顔面に受け、崩れ落ちる。


「姉さん!」


 ワンボックスカーがブランジュを轢こうと突進する。ブランジュは大きく跳躍してボンネットに飛び乗った。

 ハイヒールの踵でフロントガラスを叩き割り、運転手を引きずりだす。


「ば、化け物が!」

「私は廃棄物ですもの。これぐらい容易いわ? そしてあなたは何者なの? ヴァルヴァの誘拐犯さん」

「誰がいうか!」

「あら残念。今流行の廃棄物狩りの皆さんかしら?」

「うるせえ!」

「図星のようですね」


 男の襟首を掴んでそのまま締め落として気絶させるブランジュ。

 当時知られていなかった廃棄物の特徴。それは身体能力が高いヴァルヴァの中でも、ズバ抜けて運動能力や知力が高い者が多いということだった。


「パパ。取り急ぎで。姉さんが誘拐されそうになって――そんなに慌てないで。犯人は全員ぶちのめしたからね」


 リアダンはその間にワンボックスの中に潜んでいたヴァルヴァを引きずりだす。往来にいた人も手伝ってくれた。



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