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第70話 リアダン9

 連絡して三分もしないうちにヘリが飛んでくる。

 ヘリから女性が飛び降りて着地した。二人の師匠でもあるモレイヴィア軍のエース、レンカだった。彼女たちを妹のように溺愛している。


「大丈夫ですか! ブランジュ! リアダン!」

「大丈夫ですよ。レンカの教えてくれた護身術のおかげです」

「同じく!」


 レンカは通行人がもってきた縄で縛られている男たちを忌々しげに睨み付けた。


「ヘリでの出動とは大げさですよレンカ」

「おおげさなではありませんよ。城塞内でヴァルヴァによるヴァルヴァ誘拐などあってはならない。それがブランジュ。あなたならなおさら」

「最初はそのベアライクの男が襲ってきました。私の身柄を確保したあと、その車で逃走予定だったようです」


 気絶している熊似の男をレンカは無表情に蹴り飛ばす。つま先が鳩尾に突き刺さり、意識が戻った瞬間、また気絶した。

 頭を無造作に踏みつける。


「よくも私の妹を攫おうとしたな。ただではすまんぞ」


 隣にいる男たちを睨み付ける。

 狐似の男たちは恐怖のあまり失禁した。


「おいおい。死んだわ。あいつら。あのレンカさんの妹に手を出したのか」

「命知らずにも程がある。明日の朝、城壁に身元不明の死体が吊されていてもオレは驚かないぜ」


 周囲の囁き声が耳に入り、震え上がる男たち。


「むしろ私、死体が見たいわ」

「ヴァルヴァの風上にもおけない連中だ。吊されても文句はいえねえだろ」


 協力したヴァルヴァや人間の男女問わず犯人の末路を想像したが、レンカの妹を誘拐しようとしたことがあっという間に広がり同情はされていない。

 エースパイロットのレンカは、モレイヴィア城塞でも名が轟いていた。


 警察ではなく軍警の車輌がやってきた。

 誘拐犯たちは憲兵に引き渡される。


「お二人をお屋敷までお送りいたします」

「うーん。この騒ぎだとね。お願いしよっか。姉さん」

「そうね。レンカにお礼しないといけないし。お茶する時間ぐらいあるでしょう?」

「私は何もしていませんよ。むしろ間に合わなかったほどです。よもやモレイヴィア城塞内でこのような……」

「自分を責めない。ボクたちもある程度警戒していたからさ」


 リアダンの携帯端末が鳴る。ヴィドルドからだ。


「パパ?」

「リアダン。レンカから速報は届いた。無事で何よりだ」

「姉さんとレンカの三人で家に帰るよ」

「そうしてくれ。もう一つ話があってな。ママが別の場所でヴァルヴァの誘拐事件に遭遇してしまってな。大立ち回りを演じたようだ」

「ママが? 犯人は生きているの?!」

「リアダン。ママの心配をしよう。犯人はかろうじて生きているから安心するように」

「そうだね。まずはママだ。怪我はない?」

「大丈夫だ。爪が割れたといっていたから、その分犯人たちの傷が深いと思ってくれ」

「かろうじて生きているんだっっけ。ボクたちはレンカと一緒にいるから大丈夫。パパはママのもとにいってあげて」

「パパは同時誘拐犯たちを締め上げないといけない。目的も聞き出さないといけないからな。その誘拐犯たちの目的も、特徴が無いヴァルヴァ二人だったそうだ」

「そういうことか。犯人はちゃんと法で処理してね」


 リアダンが釘を刺して通信を終える。ブランジュの誘拐犯はとくに酷い目に遭うことは想像できた。万が一ヴィドルドが許しても彼やブランジュに心酔している周囲が許さない。

 父ヴィドルドが姉ではなく自分に連絡を寄越した理由を察した。廃棄物案件だったからだ。

 今のブランジュは廃棄物呼ばわりにも動じないが、周囲が不愉快になる。


「姉さん。レンカ。ママも特徴がないヴァルヴァの誘拐場面に遭遇して大暴れしたって」

「犯人は死にましたか?」


 素で聞き返してくるレンカ。


「かろうじて生きているって。ママの爪は割れたそうだよ」

「あら。消えない傷を負いましたね。証言を取らないといけませんし。黒豹のウタ、健在ですね」


 リアダンたちもあとになって知ったが、彼等の義母は黒豹のウタという通り名で有名だったらしい。豹似ではなく猫似にも関わらず、だ。

 夫婦げんかになるとヴィドルドのほうが借りてきた猫のようになることをしばしば目撃している。


「ママ、聖母みたいに優しい人なのに特殊部隊出身だったなんてね」

「だから私もママのようになりたいの。強く優しく。パパやママと子供たちを守るために」


 ブランジュはウタに憧れてモレイヴィア軍の士官学校に進学を選んだのだ。


「今続報が入りました。誘拐犯が狙った少女二人とも、レスリック大統領の妹リヘザ様のご息女、つまり姪にあたる人物だったようです」

「ありゃ。パパの娘も狙ったし、あの連中は生きて帰れるの?」

「近年死刑は執行されていませんが死んだ方がましかもしれませんね。当然の報いです。周囲が許さないでしょう」

「リヘザ様もモレイヴィア大学教授で人望篤いものね」

「ウタ様たちも今お屋敷にいるようですよ」


 モレイヴィア国では被害者救済に重点を置き、所々の事情は考慮されるものの、とくに理由のない通り魔や快楽殺人、無差別テロなどの犯罪には極めて厳しい労務環境に置かれる。

 鉱山奥深くや深海での資源採掘業務で、肉体的な疲労こそ軽減されるがワンミスで即死する環境であり、精神が摩耗して早死にする者も多い。


「お二人はモレイヴィア大学を飛び級で卒業した才女でもありますね」

「二人とも?! すごい! ママはそんな大統領の姪御さんをご招待したのか。やるなあ」


 リアダンが軽口を叩いた。その後とんでもない事態が待ち受けているとも知らずに。


◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 三人はヴィドルド邸に戻り、母ウタと再会する。


「ママ! 爪大丈夫?」

「腕が鈍ったわ。防弾ガラスを手刀で貫いた程度で欠けるなんて」

「無茶しないでくださいね?!」


 レンカが血相を変える。


「あら。私が誘拐犯を逃がすとでも?」

「いえ。まったく」

「ふふ。そうねえ。とりあえず、三人も部屋に入って。みんなでお茶をしましょう。ブランジュは驚かないでね」

「私?」


 ウタに釣られて客間に入る。

 ブランジュは驚くなという意味をすぐに察した。ウタが助けたというヴァルヴァの少女が二人、座っている。


 一人は青みがかった銀髪に青い瞳の少女。一人は金髪にアースアイという不思議な不思議な瞳を持つ。この少女が身長の差こそあれ、顔立ちがブランジュそっくりだったからだ。


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