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第86話 レナ11

 レナとリヴィアがリヘザに引き取られて三年が経過した。

 小学校は一年で卒業して、中学校に入った二人。

 何も知らない同級生にレナの話し方が馬鹿にされるたびにリヴィアが割って入る。

 レナは相変わらず無表情だ。表情を変えることもできないし、からかいなど気にしたことはないからだ。

 そのレナが一度だけ二人の少年相手に喧嘩した。


「なー。もっと俺等と話そうぜ。飛び級の天才児さん」

「――」


 返事すらしないレナ。無視を貫くというよりも視界に入らないようだ。男子はそれが気に入らない。

 この二人の男子学生は、レナとリヴィアの飛び級が気に入らないのだ。男子もヴァルヴァだが、学力では到底レナとリヴィアには敵わない。

 同じクラスではあるもののリヴィアの席は離れている。レナは視線で大丈夫と伝える。リヴィアは見た目と違って感情的だ。怒ると手が付けられない。


「おい。電報女。返事をしろ」


 レナの話し方を揶揄する男子学生。レナにとっては慣れっこなのでスルーする。

 無視するレナに、男子生徒の一人は勝手にレナの机の上に腰をかけ、ゲームの話など雑談している。注意するものはいない。有力者の息子たちだからだ。

 しかし男子生徒たちの話題がレナの逆鱗に触れた。


「そういや三年前に捕まった殺人者がまだ死刑にならないんだよな」

「大量殺人と児童誘拐だってさ。早く死刑にすれば世のためになるのに」


 振り返り立ち上がったリヴィアが殴りかかるよりも早く、レナがその少年たちを平手打ちした。

 地面に尻餅をつく男子たち。レナの力は人間の大人よりも強い。


「たくさん。人。救った。知らないくせに」

「レナ!」


 リヴィアは驚きを隠せない。レナがアンジのことを知っているとは夢にも思わなかった。

 男子生徒も虚を突かれた格好だ。


「あの人。笑うこと。私。許さない」

「会話も満足にできない廃棄物が、犯罪者を擁護するののかよ」

「助詞もろくに話せない廃棄物のくせに」


 殴りつけられた男子生徒たちにも意地がある。虚勢を張ってレナを煽った。

 その煽りがリヴィアの怒りに火をつけた。レナのこと、アンジのこと。二重の激情のままに殴りつける。

 続けざまに倒れる二人。


「黙れ。これ以上やるならボクが相手だ」


 冷たく言い放つリヴィア。

 リヴィアが告げた少年たちはもんどりを打ちながらひっくり返る。逃げるように早退した。

 男子生徒の両親が学校に殴り込み、大騒ぎになった。

 校長室で校長と担任に詰め寄る四人の保護者たち。


「廃棄物程度が私の息子に手をあげたということですが? どういうことでしょうか!」

「廃棄処分にすべきだったんだ。生きているだけでも感謝しろ」


 同じヴァルヴァでも廃棄物につきまとう偏見は存在する。

 とくに有力者ということは代を重ねた血統だ。工場生産の廃棄物など、嫌悪の対象なのだろう。


「すぐに保護者を呼べ」

「自動用の刑務所にいれないといけません。廃棄処分でもよろしくてよ。保護者に責任をもって廃棄させましょう」


 教師たちが必死になだめるが、二人の両親である四人の保護者は激昂するばかりだ。


「早く保護者に連絡したまえ! 地に頭をつけて謝罪しないと許さんと言い渡せ!」

「……連絡はしてみます」


 校長が小声で呟くが、四人の保護者には聞こえない。

 幸か不幸か、忙しいらしくリヘザに連絡がつかなかった。第二連絡先には連絡したくない。


「連絡がつきません。どうかお願いします。私が謝罪します。お金も払います。お許しを」


 穏便に済ませたい校長が懇願する。

 少女二人の保護者はリヘザだが、国の重要人物であり口走るわけにはいかないのだ。


「公務員如きの頭を下げてもらっても関係ない! ことなかれ主義が煌星をダメにするんだ! あんたじゃ話にならない。職場にでもなんにでも連絡しろ!」


 激昂した保護者の言葉が強くなる。

 校長もこう言われては諦めるしかなかった。小声で呟く。


「……どうなっても知りませんよ……」


 そして第二連絡先に通信を入れる。校長もその電話の相手が誰かは知らない。

 驚いたことに即座に応じた。男性のようだ。


「――いつもお世話になっています。お二人が暴力事件を起こしまして。保護者の方がお話したいとのことですが…… 謝罪と賠償の話もございまして。その……廃棄物を保護者の責任をもって廃棄処分にしろと激昂しておられます」


 校長は睨み付けている保護者たちを意識してそう話した。

 満足そうに笑う保護者たち。一種のモンスタークレーマーだ。無理難題をどうやって飲ませるかという娯楽だ。


「迷惑をかけた。すぐに向かおう」


 一言だけ通信先の男が答えて通信が途切れた。


「もう一人の保護者の方がこちらに向かいます」

「なんだ。すぐ来るのか。仕事を抜けて来る奴なんて大したことないだろうに!」

「まあいい。しっかり後悔してもらわないと。医者が見たところ全治半年の重傷だそうだ。障害児でろくに言葉を話せないという話ではないか。しっかりと廃棄処分にするよう伝えてくれ。社会の負担にしかならない障害児を処分する。それが真の社会福祉だろう!」


 そんなわけないだろ、と校長が心の中で毒突く。

工場で生産されたヴァルヴァも人だ。人権もある。学校に通う生徒を廃棄処分など出来るわけがない。校長もどうしようもないことがわかっていて遊んでいるのだ。

 やがて外が大騒ぎになった。校舎が軍に包囲されている。


「なんだ?」

「おい! あの方は!」


 職員室がざわついた。飛び級である二人の保護者ヘルザの件は校長と担任以外知らなかったのだ。

 教頭に案内された龍寄ドラコライクの男が護衛の兵士たちを引き連れて、校長室にノックをして入室した。


 この国の最高責任者――レスリック大統領が保護者としてやってきたのだ。


「失礼する。リヴィアとレナの保護者。レスリックだ」


 背後に護衛の兵士を連れたヴァルヴァが自己紹介した。


「え?」

「は?」


 保護者たちが絶句した。


「我が娘たちがご子息たちに暴力をふるったとのこと。迷惑をかけた。養父である私の責任だ。ご子息たちには大変申し訳ないことをした。心よりお詫び申しあげる」


 深々と頭を下げるレスリック。

 背後にいる兵士たちは白い目で保護者を見ている。


「頭をお上げください!」


 保護者たちがパニックになる。大変まずい事態になるからだ。


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