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第87話 レナ12

「校長。娘たちが何をしたのか、教えてくれないか。それと児童の被害と保護者の方々の要求は?」


 正確には姪になるのだが、二人をレスリックが娘のように可愛がっていることは知られている。


「レナ様が平手打ちを。リヴィア様が殴打しました。保護者の方によると児童たちは全治半年の重傷とのことです。お二人の廃棄処分を望んでおられます。社会の負担にしかならない障害児は廃棄処分することが真の社会福祉だと仰せられておりまして……」


 校長もここぞとばかり、保護者の要求を告げた。よほど腹に据えかねていたことはレスリックうにも見て取れた。


「何をいう! 校長!」

「あなたがたが私に迫ったことですよね?」


 校長の恨みがましい視線は保護者に負けないほど険しいもの。レスリックが来訪するなど予想もしなかった。


「それはだな。校長にではなく……その……」


 保護者に廃棄処分させるべきだとは、レスリックの前では言えなかった。

 レスリックの肩眉が吊り上がった。

 背後にいるヴァルヴァの兵士たちが恐ろしい形相になっている。背後で事実確認に入る兵士もいた。


「処刑を望むほどの重傷なのか?」

「いいえ! 言葉の綾でございます!」


 保護者の婦人が青ざめながら叫んだ。

 盛りに盛った言葉であることは婦人の表情からも明白だった。


「申し訳ございません。我らも頭に血が上りすぎておりました」


 言葉が過ぎた事を今更後悔する保護者たち。


「お話中に失礼します。男子生徒二人の容体を確認。打撲にもなっていない軽傷だそうです」


 病院に確認を取った兵士がわざと大きな声で報告した。


「平手打ちと打撲にもなっていない、少女と男子の喧嘩で俺の娘の処刑を希望するとは要求が過ぎるのではないか?」


 レスリックは俺の娘だと強い語気で強調する。


「はい。ごもっともです。申し訳ございません」

「こちらこそ誤解で先走ってしまい、謝罪します! 医者が誤診したみたいですね!」


 わかっていて因縁をふっかけてきたのだろうに、謝罪や他人のせいにする保護者たち。


「その医者の名を知りたい。背後にいる者たちに伝えてくれ」

「い……いえ……」


 レスリックは校長の隣にいるヴァルヴァの教師に声をかける。


「君が担任か? 聞きたいのだが、あの二人は飛び級で十歳にも満たない女子だぞ。常日頃、男子中学生を殴りつけるような喧嘩を起こす問題児だったのか?」


 後ろの兵士たちの視線がますます白いものになっていく。


「担任は私です。ご息女たちは極めて模範的な生徒です。その……男子生徒二人がレナにウザ絡みしたようでして。その時ラクシャスの乗り手を早く死刑しないのかという話題を男子たちがしていたところ、レナが我慢できず張り手をしました」


 イヌ耳を持つヴァルヴァの担任はやぶれかぶれになってすべてを話す気になっていた。

 リヘザが保護者だとは校長から聞いていたが、レスリック大統領まで保護者になっているなど聞いていなかったからだ。


「レナはラクシャスの乗り手に救われて俺の娘になったからな。気持ちはわかる。それで?」


 さらりと重大発言をほのめかすレスリックに保護者のみならず背後の兵士たちにもどよめきが起きる。ラクシャスの乗り手という人物は人間、ヴァルヴァの壁を越えてこの国の英雄だ。

 続きをうながすレスリック。半ば面白がっている。


「張り手を受けた男子生徒がレナの障害を馬鹿にしたところリヴィアが激昂したという同級生の証言がございます」

「どのようなことをいわれたのか?」

「会話もできない廃棄物。助詞もろくに言えない廃棄物、と。詳細はおって背後にいる皆様にお話します」


 担任がやけくそになり、洗いざらい吐いた。

 このような発言を生徒に許したことは担任の責任問題でもある。

 査定に響くどころか下手したら職を失うことになるが、大統領相手に隠し事をした方が厄介なことになると確信していた。


「レナには障害がある。妹がそんな悪し様にいわれたらリヴィアも怒るだろうな。俺もその場にいたら殴っていたかもしれん」


 レスリックはリヴィアに理解を示す。

 おそらく障害については常日頃揶揄されていたのだろう。レナは感情を顔に出さないから受け流していた。反応がないといじめはエスカレートするものだ。

 恨みがましい視線を担任に送る保護者たちと、保護者たちを睨み殺す勢いの背後にいる兵士たち。

 ラクシャスの乗り手は人間、ヴァルヴァを問わずモレイヴィア軍の英雄だ。レスリックが溺愛する姪への暴言も許せるものではなかった。


 レスリックが保護者たちのほうを向いて穏やかに話し掛けた。


「俺はあなたたちのいう障害児の処分が真の社会福祉だとは思わない。いつ自分自身が、もしくは生まれた我が子が障害をもっているかもわからないからだ。不幸にも社会的ハンデを背負ってしまった人々が平和に暮らせることも大事なのだ。国民を守れずにして国家の意味はなく、社会福祉がなければ国家たる資格がない。我が国は障害者も特徴のないヴァルヴァにも等しく人権があり、幸福に過ごす権利を追求するという理念がある。それは我が国の誇りだ」


 レスリックがそういうと震え上がる保護者たち。行きすぎた言動を今更ながらに後悔しても、もう遅いのだ。

 兵士たちは背後でレスリックの言葉に深く頷いている。


「おっと。申し訳ない。職業柄、いつもそういう案件を抱えているものでね。改めて俺の娘が暴力をふるったことを皆々様に謝罪を申しあげる。次に賠償の件だが可能な限り応じよう」


 レスリックが愛想笑いを保護者たちに送る。


「いえ! 謝罪は十分に受けました! もうこれ以上は不要でございます!」

「はい! 私共もこれ以上ことを大きくしようとは思いません! 誓います!」


 保護者たちのほうが必死だった。

 呆れたような視線を送る校長。


「校長。もうお開きにしよう。いいな!」

「私共はあなたがたの要求を聞いたまでで……」

「だまらっしゃい!」

「では娘を連れて帰ろう。娘たちはどこにいる? まさかすでに処分したわけではあるまいな?」


 本来レスリックは毒舌だ。

 怒っている証拠だと背後にいる兵士たちは察した。


「滅相もございません。視聴覚室にて自習しています」

「教頭。案内を頼む」

「は!」


 レスリックが校長室から出て行く。


「レスリック様が相手で良かったな。俺だったら迷わずお前らを撃っていた」


 ヴァルヴァの兵士が捨て台詞を保護者に吐いて、退出する。兵士としては決して許されない行為だが、同僚たちも同じ気持ちだったようだ。銃を掲げてみせる兵士もいる。

 半泣きになっている保護者たちと肩を落とす校長。残された者たちは途方に暮れていた。


 この保護者たちはその後、むりやり多額の賠償金を押しつけられたがヴァルヴァとしての社会的信用を失い、急速に没落していくことになる。

 学校側に無理難題を突きつけ、同胞たるヴァルヴァを処分しろと喚いたこと。

 レスリック大統領その人に頭を下げさせた人物と交流や取引をしたい者などいないからだ。レスリックが何もいわなくても居合わせた兵士たちが多すぎた。

 学校もヴァルヴァの生徒が急速に減っていくことになるが、それはまた別の話だった。


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