自殺をするなら、首吊りが一番いい。
必要な道具はロープ一本だけでいいし、あまり苦しくないと言われているからだ。ロープも、なければベルトやネクタイでも代用できる。
首吊りによる死を、窒息死と同じだと勘違いして苦しいだろうと思い込んでいる人がいるが、それは違う。
首吊りによる死は、
首吊りは苦しくない。しかし、いくらそういった知識を手に入れたところで、死への恐怖は無くなったりしない。
俺は真夜中に山を登りながら、死への恐怖を確かに感じていた。明かりは料金を滞納し、ただのライトと化したスマホだ。俺は首を吊るために、ロープを掛けるのに都合がよさそうな木を探す。道を外れ森の中へどんどん入って行く。
一度失敗してレールを外れたら、二度と這い上がれない。それが今の社会だ。俺はどうしてここまで追い込まれてしまったのか。
両親の反対を押し切り上京し、およそ五年。不景気の波が押し寄せ、最初に就いた会社を首になった。それなりにまじめに働いていたが、上司に手柄を横取りされ、さらにミスを押し付けられて無能であると判断されてしまった。そして優先的に首を切られてしまったのだ。
しばらく精神を病んで働けなくなっていたら家賃が払えなくなり、家から追い出されてしまった。新たに働こうにも、不景気で今はどこも雇ってはくれない。バイトだって住所がなきゃ難しい。両親とは何年も連絡をとっていない。いまさら親に頼る事も出来なかった。
漫画喫茶でしばらく生活したが、それも金が尽きて出来なくなってしまった。だからもう、俺は死ぬしかない。そりゃホームレスみたいな生活をすればまだ生きられるが、そこまでして生きていたいとは思えない。どうせ生きていたって生活が良くなることなんてないし、人はいつか死ぬ。今死んだってそう変わりはしない。そう思った。
余計な事を考えると気が滅入ってしまう。なので俺はもう、道なき山道を無心で歩く。すると、なにやら白い影が目に入った。あれはなんだろう? なんとなく気になり俺は近づいた。近づいたらそれが何かすぐに分かった。
人だ! 人が倒れている! 俺は慌てて駆け寄る。
倒れていたのは高校生くらいの、とても綺麗な女だ。暗がりにもかかわらず黄金に輝く金髪で、日本人離れしたモデルのような体形をしている。海外の方だろうか?
そして、なぜかメイド服を着ている。コスプレ? バイトの制服か? とにかく肩をゆすり、声をかける。
「おい、大丈夫か!?」
呼びかけると、彼女はゆっくりと目を見開いた。どうやら
「あの、ここは?」
「ここは山の中だ。どうしてここで倒れていたのか、覚えてるか?」
「……いえ、何も覚えていません」
彼女は少し考えるそぶりをした後、ゆっくりと首を横に振った。なにも覚えていない、か。とりあえずケガもなさそうだし、無事でよかった。
しかしこれからどうしようか。こんな状況では自殺など考えている場合ではない。俺自身はどうなってもいいが、未来あるこの少女は無事に家に帰した方がいい。
「きみ、名前は?」
「……メイです」
「メイ、とりあえず迎えを呼んだ方がいい。誰か呼べるか?」
「あの……電話は持っていません」
そうか、それは困ったな。となると俺のスマホはただのライトだし、自力で下山するしかなさそうだ。
「歩けるか?」
「はい」
「よし、とりあえず山を下りよう」
「今からですか? 私なら大丈夫ですが、普通の人には暗くて危険だと思いますが」
そう言われて俺はあたりを見回した。確かに周囲は暗くて良く見えない。道も見えないし、この状態で歩き回るのは危険か。歩きまわればすぐに遭難してしまいそうだ。俺たちの明かりはスマホのライトだけだ。あまり明るくはない。
帰りの事など考えてなかった。帰るつもりもなかったから当然だが。
「一旦ここで野宿をしましょう。今歩き回るのは危険です。山を下りるのは朝になってからが良いかと」
彼女はそういうと、いきなり地面に横になった。
「さあ、私の上に横になってください」
「うん?」
「朝までは時間があります。一度横になり休んだ方が良いかと。地面に直接横になると、硬くて眠れないと思います。それに服も汚れてしまいます。なので、私の上にどうぞ」
そういうと彼女は両手を広げ、受け入れ態勢になる。
「ええっと、冗談?」
「本気です。遠慮せずどうぞ。しっかり支えますので。さあ」
さあといわれても困る。いきなり見知らぬ女性の上になど、寝れるわけがない。というか、硬い地面に寝ころび、自分の服は汚れまくっているがそれはいいのか?
「……いや、それはちょっと」
「それなら代わりに、キスしてくれませんか?」
「いやしないが?」
……本気か? 今度はさすがに冗談だよな? 大体、代わりってなんの代わりだ?
「そう……ですか」
彼女は自らの唇を人差し指で撫でた後、少しがっかりした様子で立ち上がる。
「では仕方ありませんね、ちゃんと寝床を作りましょうか。そのロープ貸をしていただけますか?」
彼女は服の汚れを軽く払った後、目ざとく俺の持っているロープに目をつけたようだった。少しためらったが俺がロープを渡すと、彼女はそれを二本の木に結び輪を作る。その後、あたりに生えていた蔦を集め、ロープでできた輪に素早く巻き付け始める。これってもしかして……。
「できました。即席のハンモックです。地面に寝るよりはましだと思います。どうぞ」
俺は彼女に促され、即席のハンモックを上から手で押してみる。意外と頑丈そうだ。慎重にハンモックに乗る。おお! 全然平気だ。これ結構快適だぞ。これなら寝れるかも。
「とても快適だ。でも、これで寝れるのは一人だけだよな。どうする? ロープはもうないけど、もう一つ作れるか?」
「私の事はお気になさらず。地面で寝ますので」
「いや気になるわ!」
「そうですか? となると、一緒に寝るしかありませんね。では私が下になりますので、どうぞ上に乗ってください」
「いやいやいや、なんで君が下なの? 俺の方が重いだろうし、俺が下になるよ」
「そんな!? ご主人様を下にだなんて」
「……ご主人様?」
「あ、いえ、なんでもありません。……では私が上になりますね」
そういうと、彼女は服を脱ぎ始める。みずみずしい白い肌があらわになっていく。
「ちょ、なんで服脱いでんの!?」
「先ほど地面に寝てしまいましたので、服を着たままだと貴方様に土がついてしまうかと」
「いい、いい。土なんて気にしないから服着てて」
いきなり初対面の男の前で服を脱ぎはじめるなんて、いったいこの子は今までどんな生活してたんだ?
「そうですか?」
彼女は首を傾げた後服を着なおし、俺の上に慎重に仰向けに乗る。小柄な彼女の頭が俺の胸に重なる。簡易ハンモックは少し沈むが、二人分の体重にも耐えている。
ちょっと重いが、寝れなくはない。それに夜の山は冷える。人肌が暖かい。一緒に寝るのも悪くはないかもしれない。
それにしても妙な事になった。死のうと思って登った山の中で、女の子を抱えて眠ることになるとは。目の前には満点の星が煌めき、胸にはメイのぬくもりを感じる。なんだか、死ぬのは少しもったいないなと思ってしまった。