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第2話 メイの理由

 木々の間から差し込んでくる朝日の眩しさで、俺は目を覚ました。


 ぼんやりとした頭のまま瞼を開けると、そこにはとんでもない美少女の顔が超至近距離にあった。


 目覚めたばかりのぼやけた視界でも、まつ毛の長さまではっきりと見て取れるほどの距離。この子、まつ毛長いな。それに瞳もすごく綺麗だ。昨日は暗かったからよくわからなかったが、瞳は鮮やかで美しい、晴れた日の空のようなブルーだ。


 ただでさえ近い場所にあった彼女の顔が、さらに俺に近づいてくる。気が付けばもう、鼻と鼻がぶつかりそうなほどの至近距離だ。そして――


 唇に触れる、やわらかな感触。こ、これって、キス?


「って、うわっ!? いきなりなにすんだ!?」


 いきなりのキスで、俺は一気に目が覚めた。寝ぼけてぼんやりとしていた思考が、急激にクリアになっていく。


「お嫌でしたか?」

「――いや、嫌ではないけど」

「よかった、ではもう一度」


 そういうと彼女は、すぐにまた俺と唇を合わせてきた。


「って、ちょっと待って! だから何するの!?」


 俺は彼女を押しのけ、すぐに離れた。


「お嫌ではないのですよね? ならいいではありませんか」

「嫌ではないけど、って待て待て」


 隙を見せるとすぐにでもキスしてこようとするメイを、俺はなんとか押しとどめた。こいつ、めちゃめちゃ力が強い。


 メイのような美少女とのキスが嫌とは、嘘でも言えない。しかし、昨日出会ったばかりの男にいきなりキスする奴があるか?


「安心してください。ちゃんと歯は磨いてますから」

「だからそうじゃなくてさ、なんでいきなりこんなことを?」

「朝の挨拶でございます。メイドは主人をキスで起こすものと決まっております。それに私、ご主人様とのキスのエネルギーで活動しておりますので」

「そんなわけあるか!」


 やれやれ、朝から妙に疲れてしまった。


 それにしても、ずいぶんと変わった子だな。まあこの子がどんなにヤバい子でも俺には関係ないか。どうせ今日限りの関係だ。気にする必要はない。


 山を下りて、街にこの子を送り届けたらそれで俺たちの関係は終了する。そのあとは二度と会うことはないだろう。


 それにしても、下山か。実はちょっと嫌だな。


 水は公園の水道水をがぶがぶ飲んだが、飯はここ二日何も食べていない。これ以上体力を消耗すると、動けなくなってしまいそうだ。死ぬつもりはあったが、さすがに餓死は辛そうだ。もう一度ここまで登って来れるかどうか、少し不安だ。


 と、ここでなにやらとても良い匂いがすることに気が付いた。魚の焼ける匂いだ。匂いのする方を見てみると、木の串を使って焚火で魚を焼いていた。


 腹が減りすぎて、食べ物の幻覚まで見てしまっているようだ。すでに重症かもしれん。


 それにしても妙にリアルだな……いや、やっぱりこれ、本物じゃないか?


「お腹が空かれているようですね。朝食になさいます? こんなものしか用意できませんでしたが」

「こんなものってお前、どうやって魚を用意したんだ?」

「近くの川で捕まえてきました」

「捕まえた? どうやって」

「素手です」


 素手だと!?




 そうして少し腹を満たした俺たちは、山を下りた。夜の時は分からなかったが、それほど大きな山ではないみたいだ。初心者でも半日もかからないような小さな山だ。明るくなり、道が見えればそれほど苦労はない。すぐに麓の街にたどり着いた。これでもうお別れだ。


「ここまでくればもう大丈夫だろう? あとは一人で家に帰りな。それじゃ、俺はここで」


 そう言って俺はメイと離れて歩き出す。


 さて、これからどうしよう。もう一度山に戻って自殺を試みるには、今はまだ明るすぎる。人目についてしまうだろう。どこかで時間を潰さないといけないようだ。とりあえず公園で、暇つぶしでもするしかないか?


 そう思い、とりあえず公園に向かって歩く。すると、俺の後ろをメイが何故か付いてくる。さらに歩く。さらについてくる。


 ……しかたなく俺は振り返って話しかけた。


「あのさ」

「はい、なんでしょう?」

「なんでついてくるの?」

「いけませんか?」

「いけなくはないけどさ、どこまでついてくる気? もう帰りなよ」

「どこに帰ればよいのでしょう? 帰るべき場所など私にはありませんが」


 帰るべき場所がない……?


「家族は?」

「いません」

「友人は?」

「いません」


 ……。


 それがどういうことなのか、少しの間目を瞑り、ゆっくりと考えてみた。そして思い至った。この子、もしかしたら俺と同じか。


 よく考えてみれば、道から外れた山の中で倒れている理由など一つしかない。なんで今まで気が付かなかったんだろう。彼女があまりそういうふうに見えなかったからだろうか。


 つまり、自殺して失敗した、か? それ以外に、人気のない山の中で倒れている理由など俺には思いつかない。なんでメイド服を着ているのかとか、分からないことは多いが……。


「俺についてきてもしょうがないぞ。俺も家なんてないし、金もない」

「なるほど、家とお金が無くて困っているのですね。わかりました、私が何とかします。では今から手に入れましょう」


 うん?

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