木々の間から差し込んでくる朝日の眩しさで、俺は目を覚ました。
ぼんやりとした頭のまま瞼を開けると、そこにはとんでもない美少女の顔が超至近距離にあった。
目覚めたばかりのぼやけた視界でも、まつ毛の長さまではっきりと見て取れるほどの距離。この子、まつ毛長いな。それに瞳もすごく綺麗だ。昨日は暗かったからよくわからなかったが、瞳は鮮やかで美しい、晴れた日の空のようなブルーだ。
ただでさえ近い場所にあった彼女の顔が、さらに俺に近づいてくる。気が付けばもう、鼻と鼻がぶつかりそうなほどの至近距離だ。そして――
唇に触れる、やわらかな感触。こ、これって、キス?
「って、うわっ!? いきなりなにすんだ!?」
いきなりのキスで、俺は一気に目が覚めた。寝ぼけてぼんやりとしていた思考が、急激にクリアになっていく。
「お嫌でしたか?」
「――いや、嫌ではないけど」
「よかった、ではもう一度」
そういうと彼女は、すぐにまた俺と唇を合わせてきた。
「って、ちょっと待って! だから何するの!?」
俺は彼女を押しのけ、すぐに離れた。
「お嫌ではないのですよね? ならいいではありませんか」
「嫌ではないけど、って待て待て」
隙を見せるとすぐにでもキスしてこようとするメイを、俺はなんとか押しとどめた。こいつ、めちゃめちゃ力が強い。
メイのような美少女とのキスが嫌とは、嘘でも言えない。しかし、昨日出会ったばかりの男にいきなりキスする奴があるか?
「安心してください。ちゃんと歯は磨いてますから」
「だからそうじゃなくてさ、なんでいきなりこんなことを?」
「朝の挨拶でございます。メイドは主人をキスで起こすものと決まっております。それに私、ご主人様とのキスのエネルギーで活動しておりますので」
「そんなわけあるか!」
やれやれ、朝から妙に疲れてしまった。
それにしても、ずいぶんと変わった子だな。まあこの子がどんなにヤバい子でも俺には関係ないか。どうせ今日限りの関係だ。気にする必要はない。
山を下りて、街にこの子を送り届けたらそれで俺たちの関係は終了する。そのあとは二度と会うことはないだろう。
それにしても、下山か。実はちょっと嫌だな。
水は公園の水道水をがぶがぶ飲んだが、飯はここ二日何も食べていない。これ以上体力を消耗すると、動けなくなってしまいそうだ。死ぬつもりはあったが、さすがに餓死は辛そうだ。もう一度ここまで登って来れるかどうか、少し不安だ。
と、ここでなにやらとても良い匂いがすることに気が付いた。魚の焼ける匂いだ。匂いのする方を見てみると、木の串を使って焚火で魚を焼いていた。
腹が減りすぎて、食べ物の幻覚まで見てしまっているようだ。すでに重症かもしれん。
それにしても妙にリアルだな……いや、やっぱりこれ、本物じゃないか?
「お腹が空かれているようですね。朝食になさいます? こんなものしか用意できませんでしたが」
「こんなものってお前、どうやって魚を用意したんだ?」
「近くの川で捕まえてきました」
「捕まえた? どうやって」
「素手です」
素手だと!?
そうして少し腹を満たした俺たちは、山を下りた。夜の時は分からなかったが、それほど大きな山ではないみたいだ。初心者でも半日もかからないような小さな山だ。明るくなり、道が見えればそれほど苦労はない。すぐに麓の街にたどり着いた。これでもうお別れだ。
「ここまでくればもう大丈夫だろう? あとは一人で家に帰りな。それじゃ、俺はここで」
そう言って俺はメイと離れて歩き出す。
さて、これからどうしよう。もう一度山に戻って自殺を試みるには、今はまだ明るすぎる。人目についてしまうだろう。どこかで時間を潰さないといけないようだ。とりあえず公園で、暇つぶしでもするしかないか?
そう思い、とりあえず公園に向かって歩く。すると、俺の後ろをメイが何故か付いてくる。さらに歩く。さらについてくる。
……しかたなく俺は振り返って話しかけた。
「あのさ」
「はい、なんでしょう?」
「なんでついてくるの?」
「いけませんか?」
「いけなくはないけどさ、どこまでついてくる気? もう帰りなよ」
「どこに帰ればよいのでしょう? 帰るべき場所など私にはありませんが」
帰るべき場所がない……?
「家族は?」
「いません」
「友人は?」
「いません」
……。
それがどういうことなのか、少しの間目を瞑り、ゆっくりと考えてみた。そして思い至った。この子、もしかしたら俺と同じか。
よく考えてみれば、道から外れた山の中で倒れている理由など一つしかない。なんで今まで気が付かなかったんだろう。彼女があまりそういうふうに見えなかったからだろうか。
つまり、自殺して失敗した、か? それ以外に、人気のない山の中で倒れている理由など俺には思いつかない。なんでメイド服を着ているのかとか、分からないことは多いが……。
「俺についてきてもしょうがないぞ。俺も家なんてないし、金もない」
「なるほど、家とお金が無くて困っているのですね。わかりました、私が何とかします。では今から手に入れましょう」
うん?