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第6話 隣人小森

 最近、イライラしてしかたがない。それもこれもすべて、隣に引っ越してきた山中とかいう隣人のせいだ。


 あいつの何もかもが気に入らない。中肉中背のさえない風貌。にもかかわらず、美人な彼女がいるという事実。


 金髪で、抜群のプロポーションをしている女性だ。奴と一緒に歩いているところを一目見ただけで、俺は惚れてしまった。


 どうせたいして仲がよくないだろうと壁に耳をあてて会話を聞こうとしたら、毎日毎日イチャイチャする始末。


 うるさくて、演奏の練習に全く身が入らない。騒音の苦情も入れたが、全く効果が無かった。あいつら、あんなにいちゃいちゃしていて自覚がないのか!?


 あんな奴のなにがいいのか。あんなやつより、才能に恵まれている俺の方がよほどいいだろう。いや、間違いなく良い。


 彼女も今は目が曇っているかもしれないが、そのうち目が覚めるはずだ。そうなれば、あんなさえない男などすぐに捨てるに違いない。そうなったら、俺にもチャンスがある。俺の演奏さえ聞いてもらえれば、才能は一目瞭然のはずだ。すぐに俺に惚れるだろう。間違いない。


 とにかく彼女の美しい体をあんな男に穢されてはならない。俺は耳を澄ませ、おっぱじめようという雰囲気になったらすぐに壁を叩き、チャイムを鳴らし、必死に妨害した。


 俺の妨害の成果か、最近はそういった音は全く聞こえない。正義の勝利だ。後はあの二人が別れるのも時間の問題だろう。なんて思っていた。




 久しぶりにエレベーターで隣人に会った。風貌はさえないのに、妙にいいスーツを着ていやがる。無性に腹が立つ。そんなスーツ、お前には似合わない。もっと身の丈にあった服にしろ。そう思ったが、しかしそれを顔に出したりはしない。


「どうです、最近彼女とはうまくいってますかな?」

「えぇ、まあ」


 しょうもない嘘をつくな。お前たちがまともに会話もしてない事くらいは知っているぞ。言葉一つ聞こえはしないからな。


「それはよかった。最近隣から物音一つ聞こえないものですから、心配しておったのです」

「ああ、それは最近いい防音材を使っているんですよ。ここのマンションの壁薄いみたいですから」


 そんな会話をしていると、エレベーターが止まる。下りて少し進むと、すぐに隣人宅がある。そこには美人な隣人の恋人が待ち受けていた。


 この山中とかいうクソ男に愛想を尽かし、俺を迎えに来てくれていたらいいなと思ったがそんなことはなかった。まだ山中という男に洗脳されているようである。彼女は汚らしい事に山中を抱きしめ、玄関に消えていく。扉が開いているうちはイチャイチャとする二人の会話が聞こえていたが、扉が閉まると途端に何も聞こえなくなる。


 クソ! 本当に防音材の効果なのか!? ふざけやがって! 俺は玄関の扉を思いっきり叩いた。


 今までは紳士的に対応していたが、もう許せない。こうなったら徹底的にやってやらあ。この日から俺はチャイムを鳴らすなどという紳士的な方法から、卵の投げつけにやり方を変えた。扉や窓を徹底的に汚してやる。


 しかしそれだけでは掃除をすれば済むことだ。俺はさらに、山中が出かけたあとに玄関の鍵をはんだごてで埋めた。これで鍵で家に入ることはできない。その他様々ないやがらせを行っていたら、ついに隣人は屈したようだ。どうやら引っ越すらしい。今度こそ正義の勝利である。あとは美人な同居人だけ置いて行って一人で出て行ってほしいところだ。あの女性はあまりにも美しすぎる。奴にはもったいない。


 引っ越しの日、俺は奴に話しかけた。


「引っ越されてしまうのですか? 寂しくなりますなあ」

「ええ、お金が溜まったので引っ越すことになりました。このあたりは治安も悪いようですし」


 俺のいやがらせの成果だろう。住んでいるのが辛くなったに違いない。


「治安が悪いですかな? なにかありました?」

「まあ少し。でももう終わったことですから。今度引っ越すところは、都心の一等地でして。防音も完璧ですし治安もいいみたいで安心です」


 け、なにが一等地だ。お前がろくなところに引っ越せるわけがないだろ、この無職が。就職活動がうまく行ってないことぐらい、俺でも知っている。


「ああ、別に信じなくてもいいですよ。ただ、今度のマンションはセキュリティーがしっかりしているので、もういやがらせは出来ませんよ?」

「へ? いやがらせ? なんのことでしょう?」

「最近監視カメラを置いたので、ばっちり映ってます。この後警察に映像を持って被害届を出すところです。よかったですね。そちらも引っ越しできそうで。牢屋の中は静かだといいのですが」

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