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第46話 ホスト①

 ある日、桜川から連絡があった。

 ひったくりグループの件からしばらくたって、俺は日常を取り戻していた。正直言って少し退屈に感じているところだったので、桜川からの連絡は心が躍った。

 桜川からの連絡は、前に彼氏の土井真治のことを相談されて以来だった。

 桜川は俺に会いたいという。

 俺としては断る理由なんてもちろんない。

 早速待ち合わせ場所を決めて会うことにした。


 そして、当日。

 アルバイトが終わると、俺はいそいそと会う場所の喫茶店へと向かった。

 どんな話だろう。

 告白とかされるのかなぁ。

 なんて、少々浮かれていた。

 俺が喫茶店に入ると、桜川はすでに来ていた。

「あ、お久しぶり」

 俺が桜川の座っている席に行くと、桜川の横には知らない女性が座っていた。

「初めまして、藤堂美紀と言います」

 その女性がそう挨拶した。かなりの美人である。俺と同じ年ぐらいだろう。しかし、どことなくやつれた感じがあった。

「初めまして」

 俺は少しがっかりしながら挨拶を返した。

「この子は、私の友達なんです。実は今日はこの子の相談に乗ってもらいたくて」

 桜川が言った。

「相談?」

 なんだよ。そういうことか。

 完全に当てがはずれた。

「そうなんです」

「はぁ。どういうことですか?」

 俺は突然知らない人を紹介されて、しかも相談事を聞かされるとは思ってもみなかった。正直なところ面倒だなと思ったが、この流れでは聞かないわけにもいかない。

「実は、私……」

 藤堂は言いにくそうだ。言葉を詰まらせた。

「この子は、ホストクラブにはまってて、それでホストにかなりのお金を使ってしまったんです」

 藤堂が話しにくそうなので、代わりに桜川が話した。

「はぁ、そうですか」

 俺としてはそんな話聞かされてもなぁ、って感じである。

「それで、お金がなかったからツケにしてたんですけど、それがあまりに多額になったんで、ホストが早く払ってくれって言ってきたんですよ」

「まぁ、それはツケで飲んでたんだったら、払わないとね」

 なにを当たり前のことを言ってるんだという感じだ。

「でも、彼女、そんなお金はすぐに用意できないから、もうちょっと待ってってホストに言ったんですよ」

「ふーん。いくらなの? その金額って」

「二百万です」

「ええっ、二百万! そんなに?」

 俺はあまりの金額に驚いた。

 ホストクラブが高いのはなんとなくは知ってはいたが、想像以上だった。確かにそんなのすぐには払えないわな。

「そうなんです。それでいますぐ払えないって言うと、そのホストがいい仕事があるから、その仕事をして払えって」

「はぁ、なんかどこかで聞いたことがあるような話だね」

 俺としては噂とかニュースで聞いたことがあるような内容だ。それが現実にあるんだなと思った。

「でも、その仕事っていうのはフーゾクなんです」

「ああ、まぁ、そうだよね」

 この話の流れだと当然そうだわな。まさかその仕事が経理とかのわけがない。

「私、フーゾクなんて無理です」

 いままで黙っていた藤堂が涙声で言った。

「いや、そうかもしれないけど、ツケの支払いはどうするの?」

「それは……」

 藤堂は俺の質問にまた言葉を詰まらせた。

「彼女はいま普通にOLとして働いてるんで、時間をかければ払うことはできるんです」

 桜川が代わりに言った。

「でも、ホストの方は待ってくれるの?」

「彼はこれまでも待ってくれてたんですけど、もう無理だって言うんです。店の方から彼自身がかなり責められているみたいで」

 藤堂が言った。

「しかし、実際に店に行ってたんでしょう? だったらその金額を払うしかないし、そもそもツケにしたもの自分なんだし……」

 俺は藤堂がまるで被害者面なのが気に入らなかった。

「それは、確かにそうなんですけど……」

 藤堂はそう言ってまた黙った。

「違うんです。彼女は騙されたんです」

 桜川が言った。

「騙された?」

「そうなんです。彼女は初め、友達と歩いているところを声をかけられて、そのホストクラブに行ったんですよ。初回は料金も二千円とかで楽しく飲めたんです。それで、その時についたホストのことを気に入って、それから通うようになったんです」

 桜川が説明する。しかし、いまのところ騙されたという感じはない。

「通うようになった彼女は、どんどんそのホストにはまっていったんですけど、そのホストも美紀のことを好きになって、二人はいずれは結婚しようって」

「は、はぁ」

 ホストなんてみんなそんな感じじゃないのかなぁ。

「それで、そのホストの人が、結婚するならホストを辞めて普通の仕事をするって。ただ、最後にナンバーワンを取らせてくれって」

「ナンバーワン? つまりそのためにお店に通い詰めたということ?」

 俺が訊くと、藤堂と桜川が頷いた。

「それで、どう騙されたの?」

「彼は美紀のおかげもあってナンバーワンになれたんですけど、でもナンバーワンになった途端、結婚は無理だって言うようになったんです」

 ま、ありそうな話だな。

「それって、初めからそのつもりだったんだと思いませんか? 美紀をだまして初めからいっぱいお金を使わせるつもりだったんですよ」

 藤堂がどういう目に遭ったのかはわかったものの、なんだか微妙な話だなと思った。騙されたと言えば、確かにそうかもしれないが、実際に店に通ったんだし、ツケにしてたのも事実だし、嘘と言えば、結婚のことだけだ。しかし、それも口約束をしただけのこと。しかもホストだ。ホストが言ったそんなことを真に受けるのは、世間知らずにもほどがある。

 俺は藤堂に同情的にはなれなかった。

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