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第47話 ホスト②

「話はわかったけど、そんなことを俺に相談されても、俺としてはなにもできないよ」

 実際になにもできそうになかった。

 いったいなにを思って俺にこんな相談を持ち掛けてきたのか。

「タカシさんは、前に私の元カレが雇った探偵を追い払ってくれたじゃないですか。それと同じように、そのホストを追い払ってくれませんか?」

 桜川はそんなことを言うのだ。

「そんな無茶な。だって、そのホストクラブでツケで飲んだんでしょう? その借金を請求されたからって追っ払うなんてことできないよ」

 いくら桜川の頼みといっても、さすがに無理というものだ。

「そうですよね……」

 藤堂がそう言った。

 それきり、桜川も藤堂も黙ってしまった。

「あの、追っ払うのはさすがにできないけど、ホストとの話し合いの席に一緒に行くぐらいなら」

 俺は沈黙に耐えられなくなって、思わずそんなことを言ってしまった。

「いいですか?」

 藤堂と桜川が同時に言った。

「一緒に行くだけだよ。それで、時間はかかるかもしれないけど、ちゃんと払うって言えばいいんじゃない」

 俺としては、正直なところそんなこともしたくはなかったが、好きな桜川の頼みを、あっさり断って帰るというのもしたくなかった。

「ありがとうございます。良かったね。美紀」

「うん」

 とりあえず、俺の提案で二人は喜んでいるのだから、良かったということにしようと思った。

 一緒に行って、そのホストが無理強いしようとしたら、止めればいい。それ以外はなにもせずに横にいるだけでいいだろう。

「じゃあ、いつにする?」

「明日の夕方でいいですか? 彼が出勤する前に話をしたいので」

 美紀がそう言った。

 そして、俺たち三人は喫茶店を出た。


 俺は家に帰ると、夕食を食べてから桐山の家に行った。

 そして、桜川とその友達の藤堂の話をした。

「お前、そんなのに付き合うのか?」

 桐山はあきれていた。

「まあ、そうなんだよ。俺だって嫌だよ。だけど、あんまり無下に断るのも悪いと思ってさぁ」

「だけど、その藤堂って女が悪いだろ。それ」

 桐山はハッキリ言った。

「いや、悪いかどうかは微妙だろ?」

「悪いよ。というかバカだよ。そんなホストの結婚の話なんて信じるか、普通?」

「うーん、まぁ、俺も正直なところちょっと思ったけどさ、目の前に本人がいたら、ちょっと違うぞ」

「違うってなにが?」

「それは、そのう……」

 俺は説明に詰まった。

「あっ、ひょっとしてその藤堂って女はきれいなのか?」

「うん、きれいだ。かなり」

「なんだよ。そういうことか。つまり藤堂って女が美人だから引き受けたってことか」

 桐山に言われて、俺としては少し恥ずかしかった。

「まぁ、美人の相談なら断りにくいか」

 桐山は納得したようだ。

「男なら誰でもそうするだろ」

「そうだな。しかし、桜川が言う、追っ払うっていうのはさすがに無理だよな」

「ああ、いくらなんでも無理だよ」

「それにしても、金が払えないならフーゾクで働けって、本当にそんな話があるんだな」

 桐山はその部分に興味があるようだった。

「俺も思ったよ。都市伝説では聞くような話だけど、マジであるなんてびっくりしたよ」

「そうだな。それで、その藤堂って子は怖いニイチャンらに無理やり連れていかれて売られるのかな?」

「どうなんだろう。さすがにそれはないと思うけど。話してる雰囲気からしても無理やりという印象はなかったけどな。どちらかというと、お金を払うためにそういう仕事を紹介するってスタンスなんじゃないかな」

 俺は桜川と藤堂から話を聞いた時のことを思い出しながら話した。

「そりゃ、そうか。いまどき無理やりってわけにもいかないよな。少なくとも表面上は紹介をするって形を整えるぐらいはするか」

「そうだと思うよ」

 俺は桐山が出してくれていた缶チューハイを飲んだ。

「それで、お前はどうするつもりなんだ?」

 桐山が訊いてきた。

「どうするって、なにを?」

 桐山の質問の意図がわからなかった。

「だから、話し合いについて行って、それでどうするのだよ?」

「どうするって、別になにもしないよ。ただ、無事に話し合えるように見ておくだけだけど」

 俺としては本当にそのつもりだ。

「でも、そんなことできるのか? だって、そのホストからしたら、まったく関係のないお前が一緒に来るなんて許容できないだろ」

 言われてみたら桐山の言うとおりだ。

「初めから一緒に行くって言うと断るだろうけど、二人が話し合っているところに突然行くとかすればいいんじゃないか?」

「お前さぁ、ちょっと考えろよ。そんなことしたら逆に話し合いがこじれると思わないか? 相手のホストの立場になったらどう思うよ?」

「た、確かに……」

 桐山の言うとおりだと思った。俺は自分の考えの浅さが恥ずかしかった。

「俺なら、桜川とその藤堂って子が二人でホストとの話し合いに行って、それを離れたところにいて様子を見ておくかな。それでなにかあったら出て行けばいいし」

 桐山が言ったことは、俺が以前、桜川が元カレとの別れ話の時にやったやり方だ。

「そうだ。それで行くよ」

「ま、案外話し合いがスムーズに行くかもしれないし。そうなればお前の出番もない。ただ」

「ただ、なんだよ?」

「今回はちゃんと顔を隠しておけよ。変装とかしてさ」

「やっぱりその方がいいかな?」

「そりゃそうさ。だって、身元はバレないほうがいいに決まってるよ。前のことでわかっただろう。俺は拉致されて骨身に染みたよ」

 桐山の話しぶりには実感がこもっていた。

「そうだな。なんか考えるよ」

「なにがあるかわからないから。一応な」

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