翌日のバイト終わりに、俺はまた昨日桜川たちと会った喫茶店に行った。
そして、少し待つと桜川が一人で来た。
「今日はすみません。美紀はもう少ししたら、例のホストの人と来るはずです」
桜川が説明した。
昨日の夜に、ラインである程度の打ち合わせはしていた。
「そう。じゃあ、俺はここにいるから、安心してちゃんと言うべきことは相手に言えばいいから」
俺がそう言うと、桜川は頭を下げた。そして俺と桜川は背中合わせにそれぞれ四人掛けの席に着いた。
それで俺はまったく関係ない他人のふりをしながら、三人の話し合いを聞いておけばいい。
あ、そうそう。顔がわからないようにしておこう。
俺は、キャップを被り、色の濃いサングラスをして、さらに白いマスクをした。これで誰かはわからないだろう。変質者みたいだけど仕方がない。まさか前のようにレジ袋を被って、喫茶店にいるわけにもいかないし。
それから五分もすると、藤堂と黒い服に茶髪のいかにもホストという感じの男が入ってきた。
二人は俺の横を通って、桜川のいる四人掛けのテーブルに着いた。
藤堂が桜川と並んで座り、向いにホストが座った。
さて、いよいよだな。
ウエイトレスがコーヒーを運んで来るまでは、ほとんどあいさつ程度の話しかなかった。
俺もコーヒーをチビチビ飲みながら、様子をうかがっていた。
「ルキア君、お金の件なんだけど……」
藤堂が切り出した。ホストはルキアという名前のようだ。
「ああ、そのことね。どうする? 払ってくれないと俺も困るんだよ」
ルキアが言った。
「やっぱり私、フーゾクの仕事は無理だわ」
藤堂が言った。
「そうか。じゃあ、どうやって支払うんだ?」
「毎月少しずつ払うってことじゃダメ?」
「少しずつって、どれぐらい?」
「毎月五万とか」
「五万か。それだと何年もかかるよ。そんなに待てないよ。俺だって店から早く払えって言われてるんだよ。美紀が払ってくれないと、俺がそれを払わないとダメになるんだ。でも、俺もそんなに金ないしさぁ」
「そう、よね……」
藤堂は黙ってしまった。
「でも、だからってフーゾクで働かすのっておかしくないですか?」
桜川が話に入ってきた。
昔の桜川はこんなことを言えるタイプではなかったと思うが、時がたてば人は変わるということか。
まぁ、俺も変わったんだから、それも当然だな。もっとも俺の場合は珍宝院のおしっこのおかげだけど。
「いや、別に俺はフーゾクで働けって言ってるわけじゃないよ。若い女が金を稼ぐのなら、そういう方法が一番手っ取り早いっていうだけでさ。俺の知り合いにそういう仕事をやっている人がいるから、紹介はできるよってだけだよ。だから、別の方法で支払ってくれるんなら、それでいいし」
ルキアの話し方は見た目と違って、そんなにガラが悪いわけではない。特に上品でもないが、ごく普通の感じだ。
なんか思っていたのとちょっと違った。
俺としては、支払えなくなった女をフーゾクに売り飛ばすような奴だから、もっとヤクザな感じをイメージしていた。
「でも、彼女にはお金を用意することができないんだし、実質フーゾクで働けってことになるじゃないですか」
桜川が言った。
「なんでよ? そんなことないだろう。金なんて消費者金融とかで借りてもいいんだし、親とかから借りてもいいだろう」
ルキアがそう言うのを聞いていて、確かにそうだなと思ってしまった。
なんでそうしないのだろう?
桜川も俺と同じことを思ったのか、急に黙ってしまった。
しばらく沈黙の時間が過ぎた。
「ねえ、親とかに借りることはできないの?」
桜川が沈黙を破り藤堂に訊いた。
「それは無理よ。だって……」
藤堂はもじもじとしている。言いにくそうだ。
要はホストクラブに行っているようなことを親に言いたくないってことなんだろう。
「じゃあ、消費者金融で借りて、ツケは払って、それで毎月消費者金融に返すってことにするのはどう?」
桜川が言った。
「でもぅ……」
藤堂はうじうじとしてハッキリしない。
いったいなんなのか?
いずれにしても払わないわけにはいかないんだし、その方法ぐらいしかないように思うが、どうも藤堂はそれも嫌なようだ。
「無駄だよ。俺もフーゾクとかの話の前に、親から借りる話とか消費者金融から借りる話はしたんだよ。でも、それはできないって言うんだ。それなら仕方がないってことでフーゾクの話をしたんだよ」
ルキアが二人のやり取りを見ていて言った。
ルキアの話からして、確かにフーゾクありきでの話ではないようだ。それよりも本当にツケを払ってくれないと困るという感じだ。
あーあ、やっぱりこんな話、断れば良かったな。
このルキアって奴も、そんなに悪い奴じゃないみたいだし、俺の出番もなさそうだ。