俺たちは喫茶店を出た。
そのまま桜川らとは別れて、俺は家に帰ることにした。
ホント、時間の無駄だった。
それにしても、藤堂美紀という女はいったいどうしたいのか?
まったく理解できない。
実家が金持ちだと嘘をついてまで、ルキアってホストをナンバーワンにしたところで、その金が支払えないなら意味がないように思う。
結果、ルキアに迷惑をかけているわけだ。
俺がそんなことを考えながら歩いていると、珍宝院が現れた。いつも突然である。
「なんか変なことに巻き込まれているようじゃな」
珍宝院は現れるなりそう言った。相変わらずのボロ着物姿だ。他に着るものはないのか。
「そうなんですよ。女って理解できないです」
「ワッハハ。まぁ、そうじゃろ。お前にはまだまだ無理じゃ」
そんな言い方ないだろ。
俺はちょっとムッとした。
「まぁ、そう怒るな。女のことは理解できなくても、今回のことはよく考えたら理解できるはずじゃ」
と珍宝院が言う。
俺にはその意味がわからなかった。
「とにかく、おかしいと思うことには、ちゃんと理由があるもんじゃ」
「は、はぁ」
そう言われても、あまりに漠然としていてピンと来なかった。
「ほら、いつもの」
珍宝院はビンを取り出した。すでに中にはジジイの尿がたっぷり入っている。
俺はそれを受け取り飲んだ。
慣れとは恐ろしいものだ。いまとなってはまったく抵抗感がない。
「じゃあ、わしは帰る」
珍宝院はそう言うと、そのままどこかへ去っていった。
俺は家に帰ると夕食を食べて、桐山の家に行った。
「よう、どうだった? ホストとはうまく話はついたのか?」
桐山はすでに缶チューハイを飲んでいた。そして、俺に一本渡しながら訊いてきた
「いや、なんかおかしな感じで終わったよ」
俺は喫茶店でのことを話した。
「へぇ、それじゃあ、まったく話が違うじゃないか」
と桐山は言った。
「そうなんだよ。これってホストはなにも悪くないだろ?」
「まぁ、ホストの仕事ってそういうもんだからな。金額は高すぎると思うけど、初めから高いのがわかった上で飲んでるんだし。これって見方を変えたらただの無銭飲食だよ」
「そうだよな」
「それにしても、誰もぶん殴らなくて済んで良かったじゃん。そんなだったら変装して顔を隠す必要もなかったな」
「まあね」
「ところで、どんな変装したんだ?」
「キャップにサングラスにマスクだよ」
「ま、そんなところだろうな。だけど、これからもそういうことをするならと思って、俺が面白いものを用意したぞ」
と桐山は言って立ち上がった。そして部屋の隅からなにか持ってきた。
「これ見ろ」
俺は桐山からキラキラした布を手渡された。
広げてみると、銀色のキラキラした布で作られた目出し帽だ。
「なんだこれ?」
「これはメキシコの雑貨を売ってる店で見つけたんだ。プロレスのマスクだよ」
「ああ、なるほど」
俺はそれをよく見た。
キラキラした銀色地に、目と口の周りには赤い縁取りがされている。そしておでこのところに漢字で「正義」と刺繍されていた。
「なんだ? この正義って」
「ああ、それは俺が店で入れてもらったんだよ。プロレスマスクそのままだったら芸がないだろ」
と桐山は説明する。
「それにしても正義って」
あまりカッコ良くない。
「まぁ、そう言うなよ。俺もいろいろ考えたけど、いいのが思いつかなくってさぁ」
「それになんか安っぽくないか?」
「まぁ、土産物だろうから仕方ないよ。でも別に顔が隠せたらいいわけだからさ」
「そうだけど……」
「それと、服装から身元がバレるといけないと思って、こういうのも用意したぞ」
と言って桐山は真っ赤なマントを取り出した。
「え、これは?」
「ああ、これも同じ店で買ったんだよ。たぶんこれもプロレスラーが入場する時につけるマントだと思うよ。これをつけたら服装もわからなくなるだろう」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
このマントもかなり安っぽい。ペラペラの布である。
「ちょっとつけてみろよ」
桐山に言われて、俺はマスクを被り、マントをつけた。
「おおっ、結構いいぞ! お前は今日から正義の味方、タカシマンだ!」
桐山は愉しそうに言うのだった。
「はぁ? タカシマンって名前を名乗るのかよ? それだったら顔を隠す意味ないじゃん」
俺は桐山の冗談にツッコんだ。
「なに言ってんだよ。タカシなんてありふれた名前から身元がバレるかよ。心配するな」
どうやら桐山の中ではタカシマンという名前で決まっているようだ。それに、どうも冗談の雰囲気ではない。
「おい、ちょっと確認するけど、お前、ひょっとして本気で俺に正義の味方をやれっていうのか? これをつけて」
「そうだ。この前のひったくりグループのことで、俺は目覚めたんだよ。このまま俺たち二人ともくすぶっててはダメだって」
「それは、そうだけど……」
「俺たち二人でこの状況から脱出するためには、協力して正義の味方をやるしかないって思うんだ」
桐山の目はマジだった。