県立光陽高校には運動部の棟がある。中には室内の運動施設が揃っており、柔道や剣道といった武道を始め、レスリング、体操、フェンシング、ボクシングと、あまり高校では見かけないような部まである。剣道場は一階の一番端。
武道場の前に立つ。緑の重々しい鉄扉の上に、小さな木の板が張り付けられている。
墨汁で荒々しく書かれた『剣道場』の文字。
こっちの闘争本能をかき立ててくるような、血沸き肉躍る字体だった。
「まったく、唯我独尊にも程があるだろう達桐」
「剣誠くん、ひどいよ~」
少し息を弾ませながら、八咲と香織が後からついてくる。二人の雰囲気を邪魔してはいけないと思ったからこそ取った行動だ。こっちに非があるとは思えなかった。
二人のブーイングを無視し、さぁいざ行かんと扉に手を伸ばした時だった。緑の鉄扉の向こうから凄まじい衝撃が伝わってきた。
「ひゃっ」
驚いたのは香織だけではない。俺も近くから響く大きな音に視界が揺れた。
八咲も同様だったようで、咄嗟に手を構えていた。何の音だろうか。この先は剣道場だ。
ならば今の音は稽古の音に違いない。
重いものが勢いよく扉にぶつかったと考えれば、答えは一つ。
「あ、剣誠くん!」
香織が俺を止めようとするが、無視して鉄扉を開け放つ。
足に何かぶつかった。反射的に目を向けると、それは呻き声を上げる剣道部員だった。
「あ? ナニ、おまえら」
上からドスの利いた声が降ってきた。
「ああ、今朝の一年か」
出た、東宮先輩だ。防具を纏うと一層体の圧力が増しているように感じる。
「一年A組、達桐 剣誠。入部希望っす」
「よぉ、高木をノしたのおまえだろ。なかなかやるじゃねぇか」
東宮の目線が俺の背後に移る。
「そっちのチビと今朝のメガネ女子は?」と竹刀の柄を向けられる香織と八咲。
「一年C組、八咲 沙耶。よろしく頼むよ」
「う、ウチは、一年B組の霧崎 香織です。しょ、初心者です」
八咲は平然と答えるが、香織は怯えて縮こまっていた。
「ほぉー、初心者と、経験者が二人ってとこか」
東宮という先輩は首をコキリと鳴らし、
「俺は東宮
東宮先輩が他の部員に手で合図し、入部届を持ってきてくれる。
おお、と嬉しい情報に八咲が俺の後ろで声を上げた。
入部届を受け取り、さっそく書き込むが、後ろの女子二人の様子がおかしい。
「おや、私たちの分はどこだろうか?」
八咲が尋ねる。入部届を渡されたのは俺だけだったのだ。
「それじゃあタチキリくん、チョーシこいてる君は部室の掃除と竹刀の整備をやるように」
「え、は?」
今、なんと言ったのか。
東宮はそのまま八咲と香織の元へ歩み寄り、
「それで、ヤツザキさんと初心者のキリサキさんはね」
二人の肩に手を置いた。
「入部拒否。ウチ、女子はいらないから」
そう言って、言葉を失う俺たちを無視して稽古に戻ってしまった。
「────は?」