体が痛い。痛いせいで苛立つ。特に背中が軋んでいた。
数学の授業中に筋トレをしていたことがバレて食らった課題を睨みつける。集中なんかできなかった。そもそもこんなことをしている場合じゃない。早く部活に行って、
「東宮をぶっ飛ばしてやる」
昨日の一幕を思い出す。あの時はぶちのめしてしまえば逆に不利になるから我慢したが、正式に勝負を挑んで叩きのめせば話は別だ。果たし状を叩きつけてやる。
体がずきりと痛んだ。やっちまえと囃し立てているようだった。もう課題とかどうでもいい。今すぐ東宮をぶちのめしに行かねば。
そう考え、数学のプリントを叩いて荷物をまとめようとしたら、
「剣誠くん!」と扉を開け放った香織が声を掛けてきた。
「おう、香織。どうしたんだよ」
「八咲さん見てない?」
よく見たら香織は肩で息をしている。緊急事態だろうか。
「授業終わった後、たまたま廊下で見たの。昨日のこともあったから、落ちこんでないかなって、声掛けようとしたら」
そこで香織は震えながら自分の手を握り、
「近付けなかった。冗談抜きで、八咲さんの背中から鬼みたいなのが見えたの」
香織の言っているそれは覇気もしくは殺気だ。いつでも凛としているアイツが、いったい何に対してそこまで殺気をむき出しにするのかと言えば。
「まさか」
そうだ。昨日、俺は八咲を庇って東宮から暴力を受けている。もしもアイツがそこに責任を感じて自分がどうにかしなければ、とか馬鹿なことを考えたりでもしたら。
「だから、ひょっとして、って。ウチじゃ、とてもじゃないけど、止められなくて」
続く言葉は間違いなく俺の頭に浮かんだ言葉と一致している。金を賭けてもいい。
「八咲のヤツ、
ならば放っておくワケにはいかない。
しかし、痛みが響いて足が縺れる。それでも訴える体に鞭を打って足を必死に動かす。
打撲という足枷に、竹刀袋と防具袋も合わさったらいよいよ走るのも困難だ。香織もついて来ようとするが、
「香織、おまえは来るな」
「え、なんで?」と香織がショックを受けたような表情で俺を見る。
「おまえには関係ないからだ」
おそらくこれから行われるのは、竹刀を使った殺し合いだ。
剣道に触れて間もないコイツに、そんな血みどろの戦いは見せられない。
香織は俺たちの領域に来るには早すぎる。せっかく剣道に触れ始めたというのに、そんな悍ましい一面を見せるのは刺激が強すぎる。
「嫌だ。ウチも行く」
しかし、香織は頑として譲らなかった。
「君のことだから、どうせ暴れるんでしょ? 分かってる。今回は止めない。でも、こんな無茶する八咲さんに、ウチはきつく言ってやりたい」
力強いまなざしに、反論が押し殺された。
仕方ない。こうなった香織は頑固だ。それに時間がない。取り合っている場合ではない。
「分かった。後悔すんなよ」
「しないもん」