再び村に戻った後は、ヤトの好奇心のままに歩き回った。
道中彼の疑問に答えつつ、胡乱な目で見てくる村の人たちを見かけては声をかけ、ヤトのことを紹介してを繰り返す。
「へえ、で。話はそれだけで?」
「えっと、はい。お付き合いいただいてありがとうございます」
「本当だよ。忙しいってのにこんなくだらないことに時間を使わせないでほしいね」
「……」
わかってたことだけど、村の人たちの反応は芳しくなかった。
「どいつもこいつも愛想のないことだ」
「あはは、ヤト様が言えることじゃないですけどね」
案内の方も、ほんの一時間ほど経つ頃には行くところもほとんどなくなってしまった。
実際のところ、行く道すがら民家の説明ばかりしてたのは冗談だったけど、そもそも見せるようなものがものがないっていう切実な理由も含んでたりなかったり。
「村の唯一の見どころといえば、守り神の龍がいるってことですけど……」
「俺だな」
「そうなんですよねぇ」
龍神様を自称する相手に、龍神様のことを説明するのもどうなんだろうって感じだしなぁ。
「村の特産品も龍鱗を加工した防具とかアクセサリとかばかりですし。……ああ、ちなみに龍鱗を用いたネックレスは魔を祓うお守り兼装飾品として女性人気が高いですよ」
「魔物の素材で作ったのにか。妙なことを考えるものだな」
「言われてみれば、確かにそうかもしれませんね」
「他にはないのか?」
「あとは……龍神饅頭とか、龍鱗を模したカチカチなお煎餅とか? もお手軽で人気です」
「ずぶずぶだな」
「はい、ずぶずぶなんです」
だからこの依存状態が続くのはよくないってずっと言ってきたわけで。
仮に豊穣祭で結果を出せなかった私たちを排除したとして、その後はどうするつもりなんだろう。
龍鱗の備蓄だって、まだ残ってはいるだろうけど無限にあるわけじゃないだろうし。
自分と村の未来を憂い始めた私を引き戻したのは、「キリノ」というヤトの呼ぶ声だった。
「ところで俺の鱗はどうやって加工しているんだ? あれには人間基準で相当量の魔力が含まれている。素材として扱うには相当の苦戦を強いられるはずだが」
「あーそれは鍛冶家系の方が――というか、私としたことがあそこのことすっかり抜けてましたね。ちょうど近くですし、行ってみましょうか」
私が少し先に見える槌の交差した看板を指さすと、ヤトは紅い目をわずかに輝かせた。
◇ ◇ ◇
お店の扉を開けた瞬間、外で感じてた肌寒さを一瞬で溶かし尽くすような熱気と耳を積んざく音が私たちを出迎える。
店内は間取りこそ広いみたいだけど、雑多に置かれた農具や工具、武器や防具のせいで手狭に感じた。
壁には件の龍鱗を用いた工芸品がかけてあって、店奥から届く炉の赤色を受けて輝いてる。
札に提示されてる金額はどれも零の数で目玉が飛び出そうになるくらいだけど、同時に納得させるだけの存在感を放ってる。
これは龍鱗の希少性と、ひとえに今も炉前で無心に槌を打ちつけてる店主の手腕だろう。
……ていうか、店主さんてば全然来客に気づいてくれない。
「店主さ~ん、こんにちは~」
何度かカウンター越しに大声で呼びかけると、白髪交じりの髪と髭の間から覗く鋭い眼光がようやくこっちに向けられた。
「……客か。気づかなんだ」
深い皺が刻まれた額を太い腕で乱暴に拭い、ゴトンと槌を置いてやって来る。
カウンター越しとはいえ、近くで見るその巨躯にはいつも圧倒される。とても高齢とは思えないがっしりとした体つきは、服と前掛け越しにでも筋肉の隆起がわかるくらい。
その店主さんは、私が何か言うよりも早くマメだらけの手のひらを差し出してきた。
「……鈴か、鉾か? 出せ」
「え? ……あ、いえっ。今日はお仕事の依頼をしに来たのではありません」
「……豊穣祭に向けて祭具の修繕じゃねえのか?」
「あはは……確認しましたけど今年は大丈夫みたいです」
私はよく道具を壊してはここへ持ってくる。
だから今回も勘違いされたみたい。
ちょっと恥ずかしい。
「じゃあなんの用だ?」
「ええっと、今日はちょっと店主さんにこちらの方を紹介しようかと思いまして」
「……。見ねえ顔だな」
言われて初めて私の隣に立つヤトの存在に気づいたみたい。
仕事以外に無頓着な店主さんらしいと言えばらしい。
「こちら、ヤト様と言います」
「ヤトだ。龍神だ。泣いて感謝しろ」
ここまで何回もそっけない反応をされてきたせいで、ヤトの口上がだいぶ雑になってる。
店主さんそういうの気にしないからいいけど、止めてほしい。
「えっと、最近侵入者騒ぎがあったの覚えてます?」
「……あったかもな」
「このヤト様が侵入者と騒がれていた張本人で、彼曰く、もとは龍神様で訳あって人の姿を取っているそうです」
「……」
「真偽を確かめるため、彼にはしばらくの間村に滞在してもらうことになりましたので、村の案内を兼ねてご挨拶に参りました」
さっきから誰かを見かけるたびに声をかけて説明して回ってるけど、何度自分で口にしても奇怪で突拍子もないなぁ。
ていうか私の方もちょっと説明が雑になってるかもしれない。
「俺はこの鍛冶屋の店主だ」
他の人みたいに疑念を口にすることもなく、店主さんは一つ頷いてヤトに言葉少なに自己紹介。
「あとは?」とでも言いたげに再び視線を私へ寄越す。
「こちら鍛冶家系の……えー、店主さんです。主に道具の製作や修繕とか物作り全般を生業にしてる方です」
「テンシュ、という名前なのか?」
「いえ、名前ではないんですけど……実は私も知らなくて……なんなら店主さんの名前を知ってる人自体少ないというか……」
「何?」
「名は余計な感傷を持ち込む。仕事に不純物を紛れさせたくねえ」
「ということなので店主さんは店主さんなんです」
「変わり者だな」
「よく言われる」
「ヤト様、相変わらず人のこと言えないと思いますが」
店主さんは極端な職人気質で、ちょっとこだわりが強くて変わってる。
けどその分確かな腕を持ってて、それこそライヒ様宅にあるような装飾の細かい高価な家具の修繕もこの人が請け負ってる。他にも彼の作った工芸品とかを見た外部の人からたまに依頼が持ち込まれりもするらしい。
他人にまったく興味がないから、私にも比較的フラットに接してくれる。
ほぼ仕事だけのドライなつながりだけど、私からすれば貴重でありがたい存在だ。
巫女の祭事に使う特殊な道具とかの修繕ばっかりは私じゃどうにもできないからね。
「巫女。他にねえなら作業に戻るが」
「あ、はい。お忙しいところ失礼――」
「待て、一つ聞きたい」
ヤトが呼び止める。
炉の方が気になるらしい店主さんは、ほんの少し目を細めて煩わしそうにした。
「……言え」
「俺の鱗はどう加工している? 自然に抜け落ちただけの端材とはいえ、半端な人間に扱えるような物ではないはずだが」
ヤトの疑問に店主さんの目が光った。……気がした。
「……確かに龍鱗は一筋縄じゃいかねえ。残存した龍の魔力が熱を弾き、そもそも絶妙な剛性と柔性の比率が生半可な腕での加工をさせてくれん」
「そうだろうな」
「だが世界樹由来の木炭で炎に魔力を宿せば、それを足掛かりに熱と鱗を馴染ませられる。そうすりゃ後は人の技術が及ぶところまで降りてくる」
「…‥ふん、ここでも世界樹様様というわけだ。だがキリノから世界樹を切り出すようなことは規制されていると聞いたが、その世界樹由来の木炭とやらは影響を受けていないのか?」
「……規制の影響で木炭の希少価値も上がって輸入価格が高騰してる。それだけならいいが物自体いずれなくなる。肝心の龍鱗の方ももう採れねえだろうしな」
「ふむ。やはり規制の影響は出ているということか」
「――ぉー……」
店主さんがこんなに喋ってるの、初めて見た……。
ていうかヤトの方も目が輝いてて、今まで見たことないくらい楽しそう。
……なんていうか。
お爺ちゃん同士、気が合うのかな?
絶対二人には聞かせられないようなことを考えた罰なのか。
その後私は彼らが満足するまで延々と付き合わされることになった。
ここ、暑いから早く出たいんだけどなぁ~……。