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☆イタダキマス

「完成です!」


 四人分、それも男の人がいるからだろう。

 シアは大皿に、料理をどかんと盛ってきた。


「うわぁ、めっちゃ鶏っぽい良い匂いする……」

「コカトリスの皮から出た旨味たっぷりの油で、お肉とマンドラゴラを炒めました。基本の味付けは塩ですが、少しハーブを効かせているので飽きが来ない味ではあると思いますよ」


 料理の説明をしながら、シアが全員分の取り皿や匙を配ってくれる。

 鶏に似た肉とハーブの香りは、嗅いでいるだけでお腹が鳴ってしまいそうなほどに魅力的だ。隣にいるふたりが喉を鳴らす音が、はっきりと聞こえる。

 待ちきれない様子のボクたちに、シアは優しく微笑んで、


「さ、あたたかいうちに食べましょうか。手を合わせて……いただきます」

「うん、いただきます」

「イタダキマス……って、なに?」

「東の国で、食事前に行う作法ですよ。食材の命や、作ってくれた人への感謝を示すものです」


 ボクが昔、シアに教えて貰ったご飯を食べる前の挨拶。

 国によっては神様に祈ったりもするけれど、シアは『いただきます』という東の言葉を気に入っているらしい。

 血肉へと変わる命と労働に感謝するための仕草と言葉を、ふたりはかつてのボクのように辿々しく真似る。


「……こうか。イタダキマス」

「えっと、じゃあおいらも。……イタダキマス」


 ふたりとも丁寧に両手を合わせて頭を下げて、全員分の儀式が終わる。

 興味深そうな顔でふたりが盛られた料理を取り皿へと移すのを見ながら、ボクも同じように自分の分を取る。

 まだ湯気を立てて温かそうな炒め物。立ち上ってくる湯気の香りを吸い込みながら、まずは食べやすい大きさに切られたマンドラゴラすくって口へと運んだ。


「……美味しい!」


 ゴボウやニンジンのような根っこ系の野菜と同じ、かための感触。

 ざく、と小気味の良い歯ごたえのある甘い味に、コカトリスの油とハーブの深い香りが合わさって美味しい。塩気もあって、甘さが引き立っているのも良い。

 ほんのりと土の香りがするけれど、スパイスと油の香りのお陰で気にはならないくらいだ。


「なんか前食べたのより、美味しいような気がするね」

「そうですね、天然ものの方が不思議と味が良いんですよ。密集して生えない分、土の栄養をきちんと吸うのかもしれません……むぐ」

「はえー……もぐ……」


 当然、コカトリスの肉も美味しい。

 昨日のように焚き火を直で当てて焼いているわけではないので炎の香ばしさはしないけど、その分だけ香草や鶏っぽい油の香りを感じられる。

 肉自体は味が濃くてしっかりとした歯ごたえなので、モモ肉だろうか。

 ときおり、油を抽出された皮の硬めの食感と香ばしさが来るのもすごく良い感じだ。


「むぐ……」


 別々に食べても美味しいし、両方一緒に口に含んでも肉と野菜が仲良くしている感じがする。

 マンドラゴラとコカトリス。根菜のような甘さと鶏に似た旨味は喧嘩することなく、歯ごたえと味の違いを楽しませてくれる。


「……兄ちゃん、これおいしいね」

「うん……うまいな」


 ふたりとも気に入っているみたいで、お皿の上からは料理がするすると消えていく。

 大皿に盛っていた料理は、すぐになくなってしまった。


「美味しかったようでなによりです、作った甲斐がありますね」


 空になったお皿を眺めて、シアが笑顔になる。

 ぱちぱちと音を立てる炎を見ながら、兄貴分が口を開いた。


「……どうしてだ?」

「んー……聞きたいのは、施しの理由ですか? それとも、命を取らなかった理由?」

「どっちもだ。俺たちは……悪人、だろ」

「本当の悪人と、やむを得ず手を染めるひとは違います。悪事が罪であることには違いないでしょうが……事情があってそうなったひとは、その原因がなくなれば悪人である必要はなくなります」


 似たようなことを、昔言われたな。

 シアたちに出会ったときのことを思い出しながら、ボクは静かに会話を見守る。


「……そう、だが」

「ええ。だから……ここにもう、悪人はもういませんよ」


 満たされていないから、誰かから奪わざるを得なかった。

 だけど今、彼らは満たされているのだから、もう悪人である必要はない。

 シアの言葉に、男は下を向く。透明なしずくがこぼれて、地面に落ちるのが見えた。

 ぽんぽん、と獣人が肉球で兄貴分の背中を叩く。弟分の瞳にも、涙がにじんでいた。


「……とはいえ、ご飯を食べてお腹がいっぱいになるのは一時のことです。明日にはもう、お腹が空いてしまいます」

「あ……」

「う……」


 顔を上げたふたりの顔は、暗かった。

 満たされている今が終わった後、また自分たちが飢えた『悪人』に戻ることを怖がっているのだと、見るだけで分かる表情。

 落ち込んだ様子のふたりに、シアは変わらない笑顔を向ける。


「そこで……提案なのですが。ふたりとも、森の狩人というお仕事に興味はありませんか?」

「森の……狩人?」

「ええ、森の中で自給自足、ときどき村や町で毛皮とか野草を売ったり、必要であれば危険な魔物を狩ったり……楽なことばかりではないですが、武器が扱えるあなたたちなら可能でしょう」

「それは……そんなことができるなら、ありがたいが……」

「では、ここから街道を東に行ったところにある村の側の森の中に、小屋があります。ふたりでは少し狭いかもしれませんが、使って良いですよ」

「はっ……!?」


 ボクが来るまで、シアが暮らしていた彼女お手製の家。

 シアはそこを、ふたりにあげてしまうつもりらしい。


「備蓄はありませんが、道具は一通り揃えてありますし、慣れるまでは大変でしょうけど生活はできるでしょう。最寄りの村の人たちには、『狩人の知り合い』だと言えば通じますから、困ったら助けてもらってください」

「ま、待て、待ってくれ。さすがに意味が分からない、どうしてそこまで……」

「……悪人のままでいたくない、という知り合いには覚えがありますから」


 ちら、とシアがボクの方を見る。

 昔のボクのことを、思い出しているのだろう。

 同じように手を差し伸べて貰ったものとして、ボクもふたりに言葉を渡すことにした。


「今からでも、遅いってコトはないよ。どこかの魔王を倒した『魔女』だって、昔はお尋ね者だったんだからさ」

「…………」

「今日会ったばかりのキミたちが、今までどんな悪いことをしてきたかなんて知らないけど……今より良い生き方をするために変わろうと頑張るのは、良いことじゃないかな」

「今さら……と、思っても、か?」

「後悔してるなら、尚のことでしょ。変わらない昔のことより、変われるかもしれない明日のことを考えようよ」


 これもいつか、ある人に言われたことだ。

 自分で考えたわけではない、受け売りの言葉だけど、構わない。

 だってボクはその言葉をもらって、嬉しかったのだから。

 だから彼らも同じように、救われてくれれば良いなと思った。


 人間と獣人の義兄弟は、お互いの顔を少しの間見て、どちらも頷く。


「「……ありがとう、ふたりとも」」

「「どういたしまして♪」」


 少なくとも彼らはひとりじゃないのだから、きっと大丈夫だろう。

 大事な人が側にいて、そのどちらもが本当の悪人ではないのなら、これからいくらでも変われるはずだ。

 ボクにみんながいてくれたように、彼らには兄弟がいる。


「それじゃ、後片付けをしましょうか。みんな、手伝ってくださいね。リーナは洗う用のお水をお願いします」

「はいはーい」

「なあ……ずっと思ってたんだが、あんたたちは……もしかして、勇者の……」

「ただの通りすがりのエルフと魔法使いですよ。……ね?」

「うん。ふつうにただの、どこにでもいる旅人だよ」

「……わかったよ。恩人がそう言うなら、そういうことにしておく」


 偽名を名乗ったわけでもないし、きっと正体は分かっているだろう。

 それでも彼らはそれ以上はなにも聞かず、ボクたちと一緒に後片付けをしてくれた。


「あ、次にふたりでマンドラゴラを掘り出すときは本当に念入りに刃物を入れてくださいね。獣人にはとくに聴力が高いせいで呪いの叫びの効きが良いので、場合によっては本当に死にますよ」

「昔、知り合いが直撃して本当にギリギリだったことあったよね」

「やっぱり死ぬんじゃねえか!?」


 うん、ぜんぜん死ぬよ。

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