人間と獣人の兄弟分と別れたあとの旅は、順調に進んだ。
時折休憩を取りつつ、数日かけて街道を通り、私たちは『聖都』と呼ばれている大きな街へとたどり着いた。目的は、かつての仲間と再会すること。
門をくぐる前の荷物チェックも無事にクリアして、私たちは都の中へと足を踏み入れる。門番は若く、なにも言わなければ私たちの素性を見抜かれることはなかった。
「……都会ですねえ」
人の賑わいや、気配の量。どちらも、しばらく味わっていなかったものだ。
聖都は王都からはそれなりに離れた位置にあり、田舎に近い。それでも、とある神を信仰する教会の総本山であるこの地はかなり賑わっている。
立ち並ぶ建物も、森の近くの村のように木造のこじんまりしたものではなく、石や煉瓦を使った硬く頑丈なものばかりだ。
景色だけではなく、雑多に混じり合った人の匂いや、整備された道路の香りが、ここが発展した場所であると教えてくれる。
観光地であり、都でもある場所の空気を吸い込んで、私は自分の田舎ものっぷりをしみじみと噛みしめていた。
「しばらく田舎に住んでいたから、目に入る人の多さとか建物の高さにびっくりしてしまいますね」
「まあ、王都ほどじゃないけどここもかなり都会だからね……ラッセルのお陰で、信者の数もぐんと増えたみたいだし、昔よりもっと賑わってるみたいだよ」
かつて旅では聖騎士という役回りとして、勇者とともに前衛をしてくれていた獣人のラッセルは、元々ここの教会出身だ。
当時、まだ多くの国で迫害される立場にあった獣人の地位向上のために、彼は魔王討伐に名乗りを上げた。
そして魔王は討伐され、彼の望み通りに獣人の扱いは昔よりも遙かに良くなった。
それでも、すべての人の考え方が変わるわけではない。先日出会った兄弟分の弟のように、つらい扱いを受けている獣人はまだまだいる。
彼は今も、そういった人たちのために尽力していることだろう。
「とりあえず、ラッセルに会いにいこっか」
「そうですね。では……」
「うん。まずはあそこ、教会の本部だね」
街の真ん中にそびえ立つ、見落としようのない荘厳な建物。
教会本部の大聖堂へと、私たちは向かうことにする。
「それじゃ……はい、シア」
「へ……?」
「人、いっぱいだし。はぐれるといけないから。……だめ?」
唐突に手を差し伸べられて驚く私に、リーナが不安そうに上目遣いを送ってきた。
甘える仕草が可愛くて、どき、と心臓が鳴ってしまう。
「ええ、と……だめ、ではないですよ」
人は多いけれど、はぐれるようなことはない。
それでも、彼女は私に手を伸ばしてきた。
つまりこれは、理由をつけてでも、私と手を繋ぎたいということだ。
つい先日、好き、と彼女に言われたことを思い出して、体温が勝手に上がってしまうのを感じる。結局あれは、どういう意味なんだろう。
「……ん」
リーナの小さくて細い指が、ぎゅ、と私の手を握った。
そのまま、彼女はこちらの感触を確かめるように何度か指を動かして、
「……えへへ。じゃあ、行こっか」
ふにゃ、と顔を緩ませて、彼女は嬉しそうに歩き出す。
……かわいいっ。
改めて見ると、リーナはやっぱり可愛かった。
まばゆい銀色の髪に意思の強そうな瞳は、自然と目が引き寄せられてしまう。
本人は背が低いことを気にしているけど、個人的にはそこも可愛い。思っていることがすぐに表に出て、ころころと表情が変わるのも小動物的な愛おしさがある。
改めてそんな可愛らしい子に懐かれていると思うと、もの凄く緊張してしまう。柄にも無く、自分の手汗とかが心配になってしまう。
まして、彼女のいう『好き』という言葉の意味が不明瞭なままなせいで、つい、『変なこと』を考えてしまいそうになってしまう。
「……年甲斐もない」
「? どうしたの、シア」
「な、なんでもありませんよ、いきましょう」
つい、こぼれてしまった言葉を誤魔化して、私はリーナと並ぶ。
大聖堂の前に行くまで、彼女はずっと嬉しそうに、私の手を握っていた。
「……久しぶりに来たけど、明らかに前より大きいし装飾も増えてるような」
「改築したんでしょうね。元々大きな教会でしたが……ラッセルの活躍のお陰で、正式に国教として認められましたと言いますし」
「あいつ、旅先で誰か助けるたびに入信勧めてたもんね……いや、成果ちゃんと出ててすごいと思うけど」
ここが『聖都』と呼ばれるようになったのは、実は私たちが旅立ってからだ。
それまでこの土地は少し大きな町くらいの規模でしかなかった。
旅を続けるうちにラッセルの熱心な布教や、活躍の噂でどんどん信者が増え、最終的に国が正式に国教として認めたというわけだ。
教えが生け贄や邪神を崇拝するようなものではなかったこともあるだろうけれど、ここまで大きな勢力になったのは間違いなく魔王討伐のメンバーに彼がいたお陰だろう。
首が痛いくらいに見上げるほど、高く立派な大聖堂。その姿に、しばし目を奪われる。
「……あら?」
ふと、大聖堂から飛び出してくる獣人がいた。
彼は開け放たれた状態の大扉から、巡礼者や観光客たちの隙間を縫うようにしてこちらへと走ってくる。
匂いか、はたまた窓から私たちの姿が見えたのか。どちらにせよ、彼は私たちの来訪に気づいてくれたようだ。
二十年でも見間違えるはずのない相手に、私は大きく手を振って、
「ラッセル、ひさしぶりで――」
「――この放蕩娘ぇ!!!」
「へぶち!?」
「……あれぇ?」
再会していきなり、リーナの頭に聖書チョップが炸裂した。
どうやら、久しぶりの再会に感動して走ってきたとかではないみたいだった。