テールスープを含めて、私がつくった竜の料理は三品。
完成してまだ湯気のたっているそれらの料理を、私たちは城のひとたちに運んで貰っていた。
帝様だけでなく、城の料理人さんやコルトさんにも食べて判断をして欲しいので、準備は多めだ。そうなると配膳も、ほかのひとの手を借りる必要がある。
個人用のテーブルも必要なだけ運んでもらい、謁見の間に簡易的な食事の準備が整った。
「ここまで用意して貰っておいて、我の顔を見せられぬというのがなんとも心苦しいな」
「お気になさらず、帝様。この国における決まり事を守ることは、私たちが余所からきたものだからこそ大事ですから」
「うむ……そう言ってくれること、深く感謝するぞ、アルカンシア殿」
カーテンの向こう、影だけがうっすらと見えている帝様が深く頷く。
私たちにも自分の感情が分かるように、やや大げさに動いてくれているのだろう。
言葉もはっきりとしてよく通る声だし、充分に気遣いはして貰っていると思う。
「それでは、竜の肉を使った料理を三品ご用意させていただきました。スープと、ハンバーグ、そしてシンプルにステーキです。まずはスープから飲んでみてください」
テールスープの温度は、ここに運んでくるまでにある程度下がっている。
ぬるくはないが、火傷もしないくらいの温度だろう。
私が指示すると、周りはそれぞれスープのお椀に直接口をつけたり、匙ですくって汁だけを飲んだりした。
私たちの分もあるので、それはもちろん頂くことにする。既に味見はすませているけれど、命を奪ったものの礼儀として食べる分はきちんとお腹に納めたい。
「……美味しいです、にゃ」
「うむ、これは……充分すぎるほど、売り物になりそうな味であるな」
コルトさんと帝様は、どちらも私の料理を気に入ってくれた。
周りにいるひとたちの反応も、悪くない感じだ。
味の好みはそれぞれあるだろうけど、動物の骨からはかなり強く旨味がでる。
それをじっくりと煮出し、臭み対策もしたスープは万人受けのする料理だろう。
筋肉質な尻尾の肉もじっくり煮込んだことで、ほんのりと繊維質を残してほろりと崩れてスープの旨味と一緒に口の中に入ってくる。
「……ん、やっぱりコレ美味しいね、シア」
「ええ。……今食べて貰ったとおり、スープであれば時間はかかりますが、味の質は安定します。ほかの食材を入れることもできるし、準備さえしてしまえば提供も簡単で、売りやすいかなと」
「ほう、そこまで考えて調理をしてくれたのか……アルカンシア殿は素晴らしい料理人だな」
「ありがとうございます、帝様。それでは次は……ハンバーグをどうぞ」
あたためた鉄板に乗せて運んできてもらっているので、ハンバーグとステーキは温度を保っている。
それぞれが肉を切り分けて、口に運んでいく。私たちを隔てているヴェールの向こうで、帝様の影が同じ動きをしていた。
「む……これは……」
「……すっごく美味しいです、にゃ」
スープよりもさらに、反応が良い。
周囲の表情も、概ね想像通りだ。
横にいるリーナも、美味しそうに頬張っている。こっちはかわいい。
「……シア、これほんとに美味しいね」
「設備も調味料も良いものを使わせていただきましたからね。脂身や内臓もふくめたお肉を粗挽きにして、香草や野菜などを混ぜてから成形し、焼き上げたハンバーグです。こちらも、挽肉の具合なども含めて幅が利くメニューではあると思います」
赤身肉をベースにして、脂身で旨味を加えて、内臓は主に食感のアクセントや味の深み。
味のバランスを考えて作った竜の挽肉に『つなぎ』としてほかの食材を追加して捏ねて、ハンバーグにしたものだ。
挽肉にすることで強い旨味を持ちながらもふっくらと味わい深い料理になっている。
「それでは……最後は、赤身のステーキです。好きな大きさに切って、食べてみてください」
「ふむ……ここまで来ると、最後も期待が持てるな。では、いただこうか」
これまでの二品とも、好評だった。
最後の料理はステーキという簡単な調理法だけど、ここまでで充分に竜が『美味しい』のだと周りは思ってくれただろう。
最初はおそるおそる食べていた雰囲気のあった一部の料理人さんも、気軽な様子でお肉を口に運んでいる。
彼らの姿を見ながら、私とリーナも同じように竜のステーキを食べた。
「にゃ……これ、は……」
「む……」
コルトさんが眉をひそめ、帝様は唸った。
周りにいるひとたちも、微妙な顔をしている。
ただ、リーナだけは目を輝かせながらむぐむぐと咀嚼して、
「……やっぱり天然物の方が美味しいんだね、シア」
「ええ。魔王軍の竜は、戦闘用に品種改良されてストレスがかかっていましたから、味が落ちていました。マンドラゴラと同じで、野生種の方が美味しいですね」
「お、美味しいですか、にゃ? えっと、その……」
「コルトさんが言いたいことは分かっていますよ。……今食べてもらったほとんどのひとが感じたと思いますが、竜の肉は少し臭みがあります」
スープやハンバーグのように手を加えず、あえて赤身を分厚く切り出して焼くだけのステーキという調理法。
簡単な調理だからこそ、ダイレクトに竜の肉が持つ特徴が出てしまう。コルトさんが言いよどみ、帝様をふくめた城のひとたちの反応が微妙だったのは、竜の肉が持つ臭みを感じてのことだ。
リーナがとくに気にしていないのは、もっと前にこれよりも臭みが強い竜の肉を、すなわち魔王軍に所属していた竜を食べたことがあるからだった。
「それほど強くはありませんが……脂身の少ない、あっさりした部位でも感じるくらいの臭みです。肉質も固めで、そのせいでそのまま焼いて出すと硬さとクセが目立つと思います」
「う、む……これは、串焼きでそのまま出すと言うのは、微妙であるな」
「塩だけでは、どうしても臭みが目立ちます……にゃ。ソースとかで、誤魔化すのが一番いいかもです、にゃ」
帝様とコルトさんの感想に、私は頷いた。
「……確かに変わり種の料理として、竜の肉は物珍しさのあるものだと思います。ですが、実際のところ……家畜として食べるために育てた動物のお肉には、当然劣ります。美味しく育つかどうかなんて、野生の動物にとっては関係のない話ですからね」
竜だけでなく、どんな生き物でもそうだ。
他者が美味しく感じるように努力して育つなんてこと、野生の生き物はしないのだ。
最初から家畜として、誰かの糧となるために調整された命では、ないのだから。
「最初に食べて貰ったとおり、工夫すれば美味しく食べることはできますし、名物にすることもできるでしょう。でも……ただ、面白い食べ物になるというだけで狩るのは、あまり良いこととは、私は思えません」
今回のように竜がひとの生きる場所を脅かし、戦った結果として倒れ、その亡骸を無駄にしないという意味でなら、食べるのは良いと思う。
それは私がずっと思っていて、かつての旅で仲間たちも受け入れてくれたことだ。
「もちろん竜を討伐したあと、奪った命を勿体なくしないために食べるというのは、大賛成です。ただ……もしもこの『竜を食す』という文化の需要が高まっても、無意味に命を奪わないようにしてほしいと、帝様にお願いできればと思います」
一国の王に対して、不敬な物言いだとは思う。
それでも私は、帝様に実際に体験して知って欲しいと思った。
スタンがかつての経験から書いてくれた『勇者たちの旅』や、それを読んで素晴らしいと思ってくれた気持ちを否定するわけではない。
なにかを食べるという行為は生きる上では切り離せないもので、それを悪だと非難するつもりもない。
ただ、無意味に奪うことは考えないでほしいというだけだ。
「…………」
帝様の姿を隠すための薄布の奥、影だけが見えているこの国の長は、すぐに言葉を返してこなかった。
ただ、考えている雰囲気があるのは分かったので、私は帝様がなにかを言ってくれるのを待つことにした。
お互いの姿を隔てられていても、言葉と気持ちは遮られることなく伝わるはずだと、そう思ったから。
「……ふっ、はははははっ!!」
しばらくの時間を経て、帝様はまず笑った。
怒りや悲しみが込められているのではないと分かる、楽しげな笑い声だった。
「なるほど、それでアルカンシア殿は料理を食べる順番まで指定したのか……素晴らしい。さすが、英雄と呼ばれるだけの人物だ」
「……恐縮です、帝様」
「うむ、うむ。アルカンシア殿のいうことは分かった。観光客が喜びそう、などと我が軽口を叩いてしまったのがいけなかったな。……心配せずとも、美味ければ竜を乱獲しよう、などと考えてはいない」
帝様の言葉は軽い調子で、けれど誤魔化しは感じなかった。
機嫌を損ねることなく気持ちが伝わったとわかり、少しだけ肩の力が抜ける。
「我が考えているのは、今アルカンシア殿が言っていたのと近い。……どのような理由があれ、戦った末に残ったものなら少しでも有効に使いたいというだけだ。そのままでも魔物や動物が食い、土の養分となるのだろうが……利益は出せるなら、出せる方が良いからな」
利益という単語からは、王様らしい冷静さを感じる。
竜との戦いによる被害は、確実に出る。私やリーナのように、竜を相手取って無事に済む方が珍しいのだ。
戦えばものは壊れ、命は失われる。そうして出てしまう傷を、少しでも埋めるために竜の亡骸を使いたいということだ。
奪われた命は戻らなくても、壊れたものは直せる。けれどそのためには、お金がいる。
そういったことを、帝様は考えているのだろう。
「実際の問題として……観光客が望むからという理由だけで狩るには、竜は危険すぎるというのも理解している。ゆえに心配無用だ、アルカンシア殿。……我は目先の利益や私欲だけで兵を危険にさらしたり、竜という種を滅ぼすような愚王では無いつもりだとも」
「……帝様。失礼なことを言ってしまった浅慮を、謝罪します」
「いいや、アルカンシア殿、頭を下げずとも良い。……人となりの分かる、いい料理と言葉であった」
「……ありがとうございます」
場合によっては、帝様に進言するのは大罪だ。
ましていきなり現れたよそ者である私が、すべての意図を知らなかったとはいえ王が直々に考えた政策を否定しかけたのだから。
それを許してくれたのだから、感謝するべきだろう。
「……ここまで気遣いを厚くしてもらえているのだから、褒美のふたつみっつは必要であろうな。しかも、賊の捕縛も手伝ってくれるというのだから」
「あ……」
狙っていたわけではないけれど、向こうから話を変えてくれた。
私が気にしすぎないように、そうしてくれたのだろう。気遣いが厚いというのなら、帝様も相当だ。
心の中で感謝をしつつ、私は帝様が提示してくれた話題に乗っかることにする。
「なにが欲しい? 我の方で手が届くものなら、なんでも用意しよう。弓や杖を新調するというのもオススメだぞ、タカマガハラの技術力は世界一……統治者としては胸を張ってそう自称しているゆえ、な」
「それは……魅力的な提案ですね。それではその、ひとつ、良いでしょうか、帝様」
「うむ、ひとつでもふたつでもみっつでも、言ってみるが良いぞ」
許可が貰えたので、私は帰りの馬車で描いておいた似顔絵を取り出す。
よそ者が近づくわけにはいかないので、私はコルトさんに紙を託した。
彼女はすぐにそれを仕切りの隙間から、向こうにいる帝様へと渡してくれる。
「その人相書きの人物の行方を知りたいのです。少し前から探しているのですが……帝様の人脈を貸していただければと」
詳細を語るわけにはいかないので、ややぼかしながら願い出る。
帝様はしばらく、私の用意した似顔絵を眺めて、
「ふむ……良かろう、探しておく。どうせ、こちらも人捜しをせねばならぬからな」
「帝様。その後、私が捕まえてきたものたちは、仲間の居所を吐きましたか……にゃ?」
「居所は分からないが、仲間の人相書きはこちらも作成した。ゆえに今、アルカンシア殿が渡してきたこの顔とまとめて捜索だ。コルトよ、お前にも足を使って貰うぞ」
「は……仰せのままに、にゃ」
「アルカンシア殿とリーナ殿の両名は、賊か探し人が見つかるまで城下町に滞在しているといい。宿代はこちらで持つゆえ、観光でもして過ごしてくれ」
「え、いいの、帝様?」
「手伝ってもらうのだから、そのくらいは当然であろう。ほか、困ったことがあればいつでも我のところに来るといいぞ」
「……ありがとうございます、帝様」
こちらの意図を深く聞くことなく、帝様はこちらの願いを聞いてくれた。
理由を話しておくべきかとも思うけれど、まだ多くのことが分からない以上は混乱は避けたい。
なにより、魔王が使っていた魔物を操ることができる魔法の存在を、できるだけ広めたくはない。
ほっとした気持ちで、私はお礼を口にする。
「では、勿体ないように冷めないうちに残りを食べてしまおうか。そのあとはこちらで、竜を料理して食すことを国全体で試すかどうかも含めて、考えていくとしよう」
帝様の言葉を聞いて、それぞれが料理を食べ始める。
当然私たちも、まだ残っている分を食べてしまうことにした。
竜の命を奪ってしまったという事実は変わらないけれど、だからこそ糧になってくれることに、感謝しながら。