「さて、こんなに立派な調理場を貸して頂けたのですから、張り切らなければいけませんね!」
最新設備に、私はわくわくしていた。
簡易ではない、きちんとモノが備え付けられたひろびろキッチンというだけでも素晴らしいのに、魔法が込められた石の力で簡単に火がつくかまどや、直に通っている水道。
調理器具もぴかぴかで、しかも種類が揃っている。
自由に使ってもいいと言われた常備されている食材や調味料も、すべて一級品。
さすが、タカマガハラの帝様にお出しする料理を作る場所だ。
「シア、すっごい機嫌良いね」
「ここまでの環境で料理をする機会は、旅をしているとなかなかありませんからね。包丁は手に馴染んだ愛用のものを使いますし、使わせていただく以上は雑には扱えませんが……料理が趣味のものとしては、嬉しい状況です」
整った環境で腕を振るった料理を、この国の王様に食べて貰う。
緊張もするけれど、張り切りもするシチュエーションだ。
常備されている野菜や調味料もかなり良いものが揃っており、それらを自由に使えるというのもありがたい。
「……それに、起きてしまったことはもう、やり直しはできません。いつまでも落ち込んで、リーナに心配をかけたくないですから、切り替えていきます」
「ん、そっか。……でも、不安になったらいつでも言ってね」
「分かっています。……リーナの方も、なんでも話してくださいね」
「うん、分かってる。約束だからね」
気弱になっても、隣にそれを話せるひとがいる。
その事実が、私から肩の力を抜かせてくれていた。
「ところで……ここまでちゃんとしたキッチンなら、ボクがいる意味ってなくない? さっき説明して貰ったけど、ここって火だねとか薪が無くてもかまどに火が付くんでしょ?」
「炎の魔法が込められた特殊な鉱石を埋め込んであるらしいですね。それも、あそこの火山で採れるらしいですよ」
「はえー……東の国って、技術力高いんだね。ボクも似たような加工はできるけど、王国で一般技術にまではできてないし」
「特殊な鉱石がたくさん採れますし、ドワーフが多いので加工技術もかなり発達していますからね。とはいえ……ひとつ、問題がありまして」
「問題……どこに?」
「かまどに搭載されている魔法がこめられた鉱石を、私では起動できないんです。この目のせいで、魔力が扱えませんから」
「あっ、そっか……」
いくら魔法が込められた特別な素材とはいえ、私はそれを使うことができない。
私の身体に流れる魔力はすべてこの眼に留まって、外に出すことができないからだ。
「本来ならこのかまどは、触れるだけでごく少量の魔力を消費して火がつくというとても便利な調理器具です。魔法が使えないひとでも魔力は持っているので、ほとんどのひとには扱えます。ただ……私は、例外ということですね」
「それじゃ、シアがかまどを使うには誰かが代わりに触らないといけないから、それをボクが担当すればいいってことだね」
「ええ。それに……リーナが側にいてくれた方が、その、やる気が出ますから」
顔が赤くなってしまうことを自覚しつつも、私は素直にリーナに気持ちを伝えた。
私の言葉を聞いた彼女は、一瞬だけ目を丸くして、それからすぐに微笑んだ。
「シア、かわいい」
「か、からかうのは禁止です。……その、正直な、気持ちですから」
「分かってるし、からかってないよ。ボクもシアがいてくれた方がいろんなことにやる気が出るから、おんなじだね」
「うぅ、もう、すぐそうやって恥ずかしいこと言うんだから……と、とにかく、調理をはじめますよ。美味しい料理をお出しして、帝様に人捜しを手伝ってもらいましょう」
こちらから申し出たこととはいえ、竜の退治を請け負い、調理までこなすのだ。
人捜しくらいは、きっとお礼として手伝って貰えるだろう。
今後の予定を考えることで気恥ずかしさを追い出して、私は包丁を手に持つ。
手に馴染んだ感触が、気持ちを落ち着けてくれた。
「とりあえず、大雑把に切り分けた竜の肉を、調理用の大きさに切っていきますね」
「なに作るの?」
「帝様いわく、観光客向けに出したい……ということですから、それ向けの料理を何品か考えています。竜自体はそう簡単に手に入る食材ではありませんから、観光客向けといってもそれなりに高級品になるでしょうが……調理次第では、コストを下げることもできるでしょうから」
「屋台で串焼きとか出したらおもしろいかも、みたいなことも言ってたよね。でも、シアが前に言ってたよね、竜の肉って確か……」
「……ええ、リーナの覚えている通りです。だからそこも含めて、帝様には食べて判断していただきたいと思います」
リーナと会話しつつ手を動かして、竜の肉をさばいていく。
使うのは内臓が少しと、モモ、お腹、尻尾の肉だ。
赤色が強く、見た目は牛のものに近い肉を切り分けて、それぞれの料理別に分ける。
ひとまず食べて貰うために、今回は三種類の料理を作ることにした。
「まずは一番時間がかかるところからですね。尻尾のお肉と、骨も少し使ってスープを作りましょう」
「あ、テールスープだね」
「ええ。そのままでは竜の尻尾は骨も含めて大きすぎますから、肉はある程度の大きさに切って、骨ははじめから割って……お肉と一緒にお鍋にいれます。尻尾のお肉は筋肉質で硬めですし骨も出汁がでるのに時間がかかるので、じっくりと煮込んでいきますよ」
竜の骨は硬いけれど、それでも分厚い包丁で体重をかければ割るくらいはできる。根元は太すぎるし硬すぎるので、使うのは割りやすい先の方だ。
大きさを調整した骨と肉といっしょに、臭み取りのために香草などもいっしょに鍋へと放り込む。
水をたっぷりと張り込んで、味付けに軽く塩を入れたらお鍋をかまどの上へ。
「では、リーナ。いつもとはちょっと違いますが……火の方を、お願いしますね」
「任せて。ほいっと」
リーナがかまどに触れ、魔力が流れる。
すぐに火が灯り、炎が鍋をあたためていく。
「火加減の調整は、イメージするだけで良いらしいですから、沸騰するまでは少し強めの火でお願いします」
「うん、りょーかい」
煮込みは時間はかかるけれど、調理自体は簡単なものだ。
浮いてきた灰汁をすくい、水が減ればそのたびに足していく。
たまに様子を見てあげるだけで、骨や髄の出汁が染み出たスープと一緒に、ほぐれた尻尾のお肉を楽しむドラゴンテールスープの完成だ。
竜以外には臭み抜きのためのハーブやスパイス類があればよく、必要であれば野菜も足せるのでお店や個人の好みで味に幅ができる。
なによりお客さんには注いで提供すれば良いだけなので、準備さえできれば屋台で出すのもそう難しくはないメニューだろう。
「沸いてきましたので、弱めの火に固定してください。……そう、それくらいで。あとはゆっくり煮込むだけです」
「分かった。ええと、ほかにも作るんだよね?」
「ええ、コレが一番時間かかるので、あとは慌てませんけどね。数時間は煮込まないと、竜の尻尾肉は柔らかくなりませんから」
「そっか。それなら、あとはゆっくり料理できるね」
「ええ。寧ろ今からほかの料理を作ってしまうとスープ待ちで暇になってしまいますから、少し休憩してから残りを作ります」
残りの料理のことを考えると、今から取りかかってしまうとスープが完成するより先に終わってしまう。
そうなったらスープ以外の料理が冷めて台無しになってしまうので、しばらく待つことにした。
「じゃあ、休憩だね。お茶でも淹れる?」
「……そうですね。せっかくキッチンを貸して頂いていますし、そうしましょうか。思えばこっちについてからは観光に討伐にという感じで、ゆっくりする時間は無かったですし」
「うん。移動の馬車で結構ゆっくりしたけど、コルトがいたからほんとにふたりきりになるの、久しぶりだもんね」
お鍋の様子はたまに見ればいいだけなので、忙しくはない。
スープが良い感じに仕上がる前に、残りの料理にかかれば良いだろう。
そう考えて、私は少しだけ彼女とゆるやかな時間を過ごすことにしたのだった。