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第44話 どう思ってる?

 その場に取り残されたレオポルドとオズヴァルドは、小さくなっていくテオの背中を、呆然と見つめる。


「テオ……ッ!」


 レオポルドの焦った声で、ハッと我に返ったオズヴァルドは、テオの後を追うために一歩踏み出した。


 しかし、肩を掴まれたことで、たたらを踏んでしまう。ミシッと肩の骨がきしむほど力強いレオポルドの手を、肩を捻ると同時に思い切り払いのけた。そしてレオポルドを振り返り、


「今は言い争っている場合じゃないだろう。早くテオを追いかけないと――」


 「そんなことは分かってる!」と、レオポルドは、吐き捨てるように言った。


 そうして、数拍の沈黙ののち、


「……なあ。オズ。お前。テオのことをどう思ってるんだ?」


 と、訊ねてきた。


 オズヴァルドは、テオが消え去った先をチラッと一瞥し、苛立つ気持ちを押し殺して口を開く。


「どう、とはなんだ? その質問になんの意味がある?」


 「いいから答えろよ!」と、レオポルドは、こちらに詰め寄ってきた。うざったいと思いながら、ハァとあからさまにため息を吐き、レオポルドを避けて進もうとする。


 しかし、素早い動きで、歩みを遮られてしまった。幼稚な行動にイラッとしたが、深呼吸をして心を落ち着かせ、レオポルドを無視して今度は反対側につま先を向ける。するとレオポルドは、またしてもオズヴァルドの前に立ちはだかった。


 ――もう我慢できない。


(私的な争いで暴力をふるうのは、聖騎士候補生としてやってはならない決まりだが……話が通じないのだから仕方がない)


 オズヴァルドは腰の横で拳を握りしめる。それから、一度も目にしたことのない、レオポルドの険しい表情に視線を移した。


「レオ。ボクは言ったぞ? 今は争っている場合ではない……とな!」


 上体を捻り、固く握りしめた拳を、筋肉のばねを使って前方に繰り出す。


 しかし、体術についてはいつも好成績を残すレオポルドは、顔を狙った拳を軽々と横に避けた。


 オズヴァルドは、チッと仕打ちして、伸ばした腕を胸の前に戻そうとする。――その時。


「っ!?」


 レオポルドは、オズヴァルドの片腕と胸倉を掴み足払いをすると、均衡を失った身体をなんなく背負った。それから、そのまま背負いかぶって、オズヴァルドの身体を土と草の上に叩きつける。


 「ぐっ」と、オズヴァルドは、低い声でうめく。背中から勢いよく落とされ、したたかに打ったせいで、呼吸ができなくなってしまった。


「カハ……ッ! ぐっ、ぅ……!」 


 両手で首元をわしづかみ、涙目になりながら、無様に地面をのたうち回る。長いようで短い時間が経ち、ようやく呼吸ができるようになったオズヴァルドは、胸を大きく上下させながら肺を酸素で満たしていった。そして呼吸が落ち着いてきたあと、冷たい表情でこちらを見下ろすレオポルドを、殺気を込めて睨みつけた。


 「プッ! いいざまだな」と、レオポルドは、心の底から楽しそうに「あはは!」と笑い出す。


「……お前……! そっちが本性か!」


 「本性? なんのことだ?」と、レオポルドは、首を横に傾ける。


 オズヴァルドは、ハッ! と顔を歪めて、咳き込みながら上体を起こした。


「とぼけるな! その、二重人格のことだ! ……普段はチャラチャラして、人畜無害そうな顔でテオの傍にいるが、まさか猫をかぶっていたとはな」


「二重人格って……ひでー言い方するなぁ~」


 心外だと言わんばかりに、レオポルドは肩をすくめ、前髪をかき上げた。


「チャラいオレも、腹黒いオレも、両方レオポルド・フォン・イテーリオなだけだっつーの。ってか、テオの前でだけツンツン嫌味ったらしいお前にだけは、二重人格とか言われたくないね」


 フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いたレオポルドに、


「前にも言ったが、ボクは、テオに嫌味を言っているつもりはない」


 と言って、衣服についた土や草を払いつつ立ち上がる。 するとレオポルドは、「……呆れたヤツだな、お前って」と、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。そして両腕を組み、


「自分の性格をちゃーんと把握してるオレよりも、無自覚にテオを傷つけてるお前の方が、よっぽどたちが悪いと思うぜ?」


 と言った。その発言に対して、オズヴァルドは不快感を隠すことなく、乱れてしまった襟元を正しながら眉間にしわを寄せる。


「ボクは、テオを傷つけようと思ったことも、傷つけたつもりもない。テオだって、ボクに対してそんなことは一言も――」


「だぁ~かぁ~らぁ~! それは、テオが優しいから、なんにも言わないだけだって! っていうか、すでに、諦めの境地に入ってるっつーの」


「なんだと?」


「はぁ~~、無自覚もここまでくると病気だな。……まあ、どーでもいっか。お前のことなんて。そのままでいてくれた方が、オレにとっては都合がいいし」


 納得がいかなくてもっと問い詰めようとした時、レオポルドに「で? 質問の答えは?」と言われ、一瞬だけ思考が停止する。黙り込んで喋らなくなってしまったことに焦れたのか、レオポルドは、


「なんだよ、答えられねーの? それとも、質問した内容を忘れちゃったのかな~? 無自覚嫌味野郎のオズヴァルドくん?」


「黙れ」


「お前がオレの質問に答えれば、喜んで黙ってやるさ」


 ひょいっと、器用に肩眉を上げて見せたレオポルドに対してイラつきつつ、深く深呼吸をして口を開いた。


 「大切な幼馴染だと思っている」と、オズヴァルドは、きっぱりと答えた。


 「……それ。本気で言ってる?」と、レオポルドは嘲笑する。ムッとしながら、「本気だ」と言い切った。すると――


「じゃあ、テオはオレがもらっていいんだ?」


 と、レオポルドはいつになく真剣な顔をして言った。その表情から本気を感じ取り、何故か内心動揺して、焦燥感に襲われる。


 ――テオが、レオポルドの恋人になる……?


 オズヴァルドは、下唇をぎゅっと噛みしめ俯き、じくじくと痛む胸を衣服の上から鷲掴んだ。


「……なにがだよ。ばぁーか」


「なに……?」


 聞き捨てならない暴言に、眉根を寄せて顔をあげる。するとそこには、普段のレオポルトからは想像もできない、妙に大人びて落ち着き払った男の姿があった。


「自分の気持ちにすら気づかない今のお前に、テオを追いかける資格なんてねーよ」


 言って、オズヴァルドの言葉を聞かないまま、レオポルドは身をひるがえした。そして、颯爽と馬にまたがって、テオの軌跡を追って行ったのだった。

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