無事に合流することができた、テオとレオポルドは、並んで雨宿りをしていた。
テオはすぐさま、借りたジャケットを返そうとしたのだが、「風邪を引いたらいけないから」とやんわり断られてしまった。
(……風邪を引くかもしれないのは、レオの方だろう……)
テオが貸したハンカチで、ぬれた髪を拭くレオポルドの姿を、チラッと横目で観察する。
夕焼けの空を想像させる茜色の髪の毛先が、雨に濡れたせいでうねってしまっていた。癖っ毛なのを気にして、いつも入念にヘアセットをしているレオポルドだが、軽くウェーブがかった毛先が雨にぬれた肌に張り付いているのが妙に色っぽく見える。そして、白いシャツが身体にピッタリと張り付いていて、鍛えられた腹筋や胸筋が惜しげもなく晒されている。
テオは、ハンカチで拭いきれなかった水滴が、レオポルドのシャープな顎を伝っていく様に釘付けになってしまった。
――濡れたシャツを脱がせて、あの隆起した筋肉に触れ、割れ目をなぞってみたらどんな気分になるだろう?
――レオポルドの肌を伝い落ちてきた水滴を、舌先で舐めとったら、きっと……
(って! なんてことを考えているんだ、俺は!)
自分はオズヴァルドのことが好きなはずなのに、優柔不断にも、レオポルドのことも気になっていることに罪悪感を抱く。そして不埒にも、卑猥な妄想までしてしまった。
駄目だと思えば思うほど、本能には逆らえず、いつものチャラチャラした姿と違って落ち着いた大人っぽい雰囲気をまとうレオポルドに、どうしても視線を奪われてしまう。
あまりにもじーっと見すぎていたせいだろう。寒さのせいか、頬をほんのり赤く染めたレオポルドが、
「……テオ。オレがかっこいいからって見つめすぎ」
と言って、横目でこちらを見ながら冗談ぽく白い歯を見せて笑った。
ぼーっとレオポルドに見惚れてしまっていたテオは、ハッと我に返り、
「ごっ、ごめん!」
と言って、レオポルドから勢い良く視線をそらしてしまった。いつものように、「なに馬鹿なことを言ってるんだ」と一笑すればよかったのに、レオポルドの言葉を否定しなかったせいで気まずい空気――少なくともテオはそう感じている――が流れる。
何か別の話題を出さなければと内心焦っていたテオは、
「そ、そういえば! オズはどうしたんだ?」
と訊ねた。気まずさを回避するために口火を切ったのだが、
「さあ? オレはすぐにテオを追いかけたから、アイツのことは知らない」
素っ気なく答えたレオポルドを見るに、どうやら振る話題を間違えてしまったようだ。
(……そうだった。二人は喧嘩してるんだった……)
テオは、自分の空気の読めなさに頭を抱えたくなってしまう。
しかし実際にそうするわけにはいかないので、特に気にしていない風を装って、
「そっか。知らないなら仕方がないな」
と、勢いの収まらない雨を見遣りながら言った。そうして暫くの間、無言の時間が場を支配し、やがて雨あしが弱まりはじめた頃になって、レオポルドが口を開いた。
「……迎えにきたのがオズじゃなくて残念だった?」
「――え?」
まさかそんなことを訊ねられると思っていなかったテオは、そんなこは思っていないと言おうとして、開きかけた口を閉じた。何故なら、レオポルドがあまりにも真剣な表情をしていたからだ。
――中途半端な気持ちを伝えるわけにはいかない。
確かに、丘に取り残されているであろうオズヴァルドのことは気にかかっている。けれど、レオポルドが不安に思うようなことは、微塵も考えていなかった。
テオは、フッと笑って、今度こそ「何を馬鹿なことを言ってるんだ」と伝えることができた。
――養成所でも、迷子になったテオを見つけ出してくれるのは、いつだってレオポルドだった。
残念に思うどころか、レオポルドが探しにきてくれたことに安心したものだ。そのことを正直に伝えると、レオポルドは、
「テオがどこに居たって、オレが絶対に見つけ出すよ」
と言った。
「うん。頼りにしてる」
そう言って微笑むと、レオポルドは満足したように、太陽のような笑顔を浮かべた。そうして気がつけば雨は上がっていて、空には七色の虹がかかっていた。
「――レオ! 虹だ!」
思わずはしゃいで振り返ると、慈愛に満ちた表情を浮かべたレオポルドの新緑の瞳と目が合って、心臓がドキッと高鳴った。
テオはドキドキする心臓を胸の上から押さえる。
(……ほんと、どうかしてる)
「どうしたんだ? テオ。顔が赤いぞ。体調は大丈夫か?」
心の底から心配そうに訊ねてくるレオポルドに、
「いや。少し身体が冷えただけだ。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
と言った。
「……そっか。それならいいんだけど」
ホッとした表情を浮かべたレオポルドに、テオはにこっと微笑んでみせた。
「さあ。丘に戻ろう」
そうして、テオとレオポルドは、再びアルバーニの丘に引き返すことにしたのだった。
――アルバーニの丘。
「ようやく戻ってきたか」
意外にも、大して雨にぬれていないオズヴァルドの姿に首を傾ける。するとオズヴァルドは、
「クレイラの下で、雨宿りをさせてもらった」
と言った。それに納得したテオだったが、広げたまま雨でぐしゃぐしゃになっいしまっているピクニックの道具を見て、
「……せっかく、オズヴァルドが提案してくれたのに、台無しになっちゃったな」
と、肩を落とした。またいつものように嫌味を言われると思っていたテオだったが、意外なことにオズヴァルドは、
「機会ならいつでもある。気にすることはない」
と仄かに微笑んだ。不意打ちの笑顔に、テオはドキッとする。ついさっき、レオポルドにときめいたくせに、オズヴァルドにもときめいてしまう自分に呆れてしまう。
(俺は、オズヴァルドが好きなはずなのに……)
ストレートに好意を向けてくるレオポルドに惹かれている自分もいて、テオは自己嫌悪に陥った。自分自身の気持ちなのにわからない。すると、そんな心の葛藤を見抜いたレオポルドが、身体を屈めてテオの耳元で囁いた。
「今はオズのことが好きでも、必ず、オレのことを好きにさせてみせるから。覚悟しといて」
雨で冷えた耳に、温かい呼気がかかり、テオは思わず耳を押さえた。
「――おい。何をしている。さっさと片付けるぞ」
眉間にシワを寄せたオズヴァルドに向かって、チッと舌打ちをしたレオポルドは、
「わかった。わかった。今行くから、カリカリすんなよ。あんまイライラしてるとハゲちまうぞ」
と言って、気だるそうに片付けに向かった。
テオは熱を持った耳をさわっとなでたあと、今度こそ手伝いをするために、二人のもとに向かったのだった。