「どうして俺が恨まれなくちゃならない!? 俺を裏切ったのはクラーラだろう!?」
怒鳴り声を上げたテオに怯むことなく、ララはフンッと鼻を鳴らす。
「そんなの知らないわよ。ララだって、気がついたらこの世界に存在してたんだもん。でも、自分がするべきことだけは分かったわ。それは、テオ様を追い詰めて、たくさん苦しめること。……ふふっ。ララが悪意の塊だからなのかなぁ? テオ様をいじめるのは、とーっても楽しいし、怯えた顔や泣いてる顔を見ると身体がゾクゾクするの!」
「これが『生きてる』ってことなのかなぁ?」と、ララは、幼い子供のように無邪気に笑った。
「それにね? ララはテオ様の嫌悪感の塊でもあるから、テオ様の心の中は、ぜーんぶお見通しなの! だから、いーっぱい、いじめてあげることができるんだぁ〜〜」
キャハハッ! と楽しそうに笑いながら、ララはくるりと一回転する。ドレスの裾が、咲き誇る白百合のように、ふわりと広がった。
「でもね、テオ様。ララ、一つだけ分からないことがあるの」
そうしてララは、後ろで手を組み、前かがみになってテオを見上げてきた。
「――ねえ。テオ様って、オズヴァルド様とレオポルド様のどっちが好きなの?」
「……えっ?」
テオがすぐララの問いに答えなかったからか、ララは唇を尖らせて、「ねえ、どっち?」と焦れたように同じ質問をした。
「そ、れは……」
もちろん、オズヴァルドだ。と、なぜだか即答できない。そして脳裏に浮かんだのは、雨の中で微笑む、レオポルドの姿だった。
テオがどこにいても、必ず見つけると言ってくれたレオポルド。
あの雨が降る林の中で道に迷った時。
部屋に閉じこもって、一人孤独に苛まれていた時。
テオを見つけ出して助けてくれたのは。
光の下に引っ張り出してくれたのは。
いつだって、レオポルドだった――
(俺。まさかレオポルドのことも?)
かあっと顔に熱が集まり、思わず右手で口もとを覆った。それからハッとしてララを見ると、テオの考えていることなどお見通しだ、という顔をして「ふーん」と両目を細めた。
「どっちのことも好きなんだ? アハッ! テオ様って、意外と強欲なんだね? 隅に置けないなぁ〜」
「ちっ、違う! 俺は、」
「違わないよ」と、ララは、ストンと表情を無くして首を傾けた。
「もっと自分の気持ちに素直になったら? 別にいいじゃない。好きな人が二人いても」
「な……! いいわけがないだろう!!」
「えぇ〜〜」と、ララは、不服そうな表情を浮かべる。それから両腕を組み、右手の人差し指で顎をトントンと叩きながら、
「う〜ん。それならぁ〜〜」
と言ったあと、突然、パチン! と両手を叩いた。
「テオ様っ! ララ。いいこと思いついちゃったぁ!」
キャハハ! と笑って、くるくると踊りだしたララに、テオは、
「……どうせ、ろくなことじゃないんだろ?」
と、げんなりして言った。
するとララは、ピタッと踊るのを止めて、ぷくっと両頬を膨らませたまま、テオを睨んできた。
「聞いてもないのに決めつけないでよ」
喜怒哀楽の切り替わりが激しいララに気圧され、気がつけばテオは、「ごめん」と謝っていた。
「ふんっ! 謝るくらいなら、最初から言わないでよね!」
「まあ。今回は許してあげるけど」と言ったララを見て、成る程、どうりでカロリーナと気が合うわけだと納得してしまう。見た目も喋り方も正反対な二人だが、喜怒哀楽の落差と突拍子もないことをするところなどは、非常に似通っていた。
ララは、一人楽しげにクスクス笑って、まるでサプライズをするかのようにこちらをチラッと見てきた。――相手がクラーラではなく、マルヴァーネだと分かっていても、やはり見た目や香りに嫌悪感を抱いてしまう。
それでも、こうやって話すことが出来ているのは、彼女が本物のクラーラではないからだろうか?
見た目は女神のように美しいのに、その心の中は悪意に満ちていて、どこまでも無邪気で残酷な存在。
(……マルヴァーネ、か。しかも、本体持ちの)
病は別として、この|悪しき魂は、聖力を使えば祓えるのではないか? と脳裏をよぎったが、すぐに考えを振り払った。
(本体があるマルヴァーネの祓い方は、まだ習っていない。それに、マルヴァーネは、クラーラと俺の魂が複雑に絡み合って生まれた存在だ。むやみに手を出して、俺はともかく、クラーラが廃人状態にでもなったら……)
クラーラのことを憎みはすれど、その存在をどうにかしてやろう、などとは考えたことも実行しようとしたこともない。
テオが一つだけ願うこと、それは、
(もう二度と会いたくない)
ただそれだけだった。
(でも、今、彼女が……クラーラが、俺の目の、前にいて――)
胃液が逆流する感覚がして、口もとを手のひらで覆った時、
「ちょっと! テオ様! ララの話、ちゃんと聞いてんの!?」
「っ、ん! え!?」
吐き出しかけた胃液を、ごくんと飲み込んでしまった。
再び発作が起きそうだったが、別の驚きで失神してしまいそうになった。
「ラ、ララ……?」
「ふんっ!」と、鼻息荒く腰に手を当て、テオを見上げてきたのは、幼い姿――五歳くらいだろうか――をしたララだった。
「ララ、言ったじゃない。テオ様の心の中が読めるって。まだ話の途中なのに、倒れられたら困るから、特別に姿を変えてあげたのよ! この姿なら、気持ち悪くなんないでしょ?」
「感謝しなさいよね!」と、ララは、両腕を組んでふんぞり返る。
一度に色んなことが起こり情報過多になってしまったテオの頭は、とりあえず今だけ、考えることを放棄することにした。大して広くもない両肩に、どっと疲労感がのしかかった気分で、テオはおとなしくララの言葉を待つ。するとララは、ようやく満足した様子で、両手で口もとを隠しながらクスクスと楽しげに笑った。
――いったい、何を言うつもりなのか。
(……嫌な予感しかしない……)
そして、その予感は当たることになる。
ララは笑うのをやめると、ニンマリと三日月のように口を歪めて、
「――ヤッちゃえばいいのよ」
と言った。
意味が分からず、「なにを?」と、テオは首を傾ける。するとララは、途端に冷めた表情を浮かべて、ハァとため息をついた。
「もー、鈍いわねぇ〜。ヤることといえば一つだけじゃない。セックスよ、セックス!」
「セッ……はぁ!?」
テオは、首から上が茹だるように熱くなるのを感じて、じりっと後ずさりをした。