カロリーナは横になったまま、ハァと諦めたようなため息を吐き、重そうに腕を持ち上げて両目に当てた。
「シルティアーナの森は、木の女神・シルティアーナ様のご神体である、巨大なクレイラの木が祀られている場所なの」
「クレイラの……? クレイラって、父上と母上の墓所にある……」
「そうよ。……あのクレイラの木は、伯父様――国王陛下から賜った苗木が成長したもの……つまり、御神木の一部ですわ」
「そんな話は初めて聞きました」と、テオは、上体を前のめりにする。
「ふふっ。だって、秘密にしていたのだもの」と、カロリーナは、ジョゼフの手を断って一人で起き上がった。それから乱れた髪とドレスを整えると、フロントテーブルに置いてあった呼び鈴を手にした。
「長い話になるわ。お茶を飲みながら話しましょう」
と言って、チリリンと呼び鈴を鳴らす。澄んだ高音は室内に反響し、廊下にまで響き渡る。音の余韻が消える頃、ドアがノックされ、「お入りなさい」とカロリーナが入室の許可を出した。
「失礼いたします」と言って、メイドが入室してくる。その両手には、すでに、ティーワゴンのハンドルが握られていた。
「ふふっ。相変わらず用意周到ですわね?」
メイド――カロリーナ専属の
「カロリーナ様の御心を先読みして動くことが我々ドールの本分ですから」
と言って、テーブルの上に紅茶と茶菓子を並べ、優雅にお辞儀をして退出していった。
「――さあ。どこから話しましょうか?」
そう言って、目の前に置かれたばかりのティーカップを持ち、紅茶で喉を潤した。
オズヴァルドとジョゼフは並んでカロリーナの目の前に座り、テオはベッドに。そしてレオポルドは、ベッドの傍らの椅子に座って、カロリーナが話し出すのを待った。そうして室内には、振り子時計のカチカチという秒針の音だけが漂い、やがて陶器同士が触れ合う音がして、カロリーナがすぅっと息を吸い込む音が響いた。
「皆さんは、各国にそれぞれ、守護神のご神体を祀る神殿があるのをご存じ?」
こくっと頷いたのは、大神官の隠し子であるレオポルドと、
「そうですわね。ジョゼフ先生は信仰心の強いヒュドゥーテルに。そして、各国の神殿をまとめるステルラ出身……しかも、大神官様のご子息だというイテーリオ子爵令息は、知っていて当然ですわね」
ふっと微笑んだカロリーナに、レオポルドは、
「でも、
「そんな、」と、テオは、驚きの声を上げる。
オズヴァルドとジョゼフは、声も出せないようだった。
しかし、カロリーナだけは、
「――ハッ! 相変わらず残忍な御方ですこと」
と、嫌悪感に満ちた表情を浮かべていた。その表情を見たテオは、衝撃を受け、
「姉上は、伯父上が残忍な方だとご存じだったのですか? ……正直、俺は信じられません。伯父上は、いつも穏やかで、民のことを第一に――」
「プッ。あははははは! ――そんなの、表向きの偽りの顔にすぎませんわ! あの御方の本性は、疑り深くて狡猾で残忍、支配的で強欲な悪の化身! 玉座だって、本当はお母様のものでしたのに! お母様の優しさにつけこんだ挙句、玉座を奪い、最後には命まで奪ったのよ!!」
「えっ?」
テオの吐息のような聞き返しに、感情を高ぶらせていたカロリーナは、ハッと我に返ったようだった。
「あ、あねうえ……? 父上と母上は、馬車の事故でお亡くなりになったんですよね……? 伯父上だって、お二人の葬儀で涙をお流しになったと……」
「それが本当は、伯父上の仕業だったのですか? 俺はそんなことも知らず、敵である伯父上を慕って……っ、うぷ!」と、テオは、胃液が逆流してくるのを感じて、咄嗟に口もとを覆った。吐くのを我慢するテオに、オズヴァルドはジャケットとシャツを脱いで、テオの口もとに広げる。いつもなら安らぎを与えてくれるミモザの匂いが、嘔吐感を誘発させ、テオは真っ白なシャツに胃液を吐き出した。
テオが胃液を吐き切ると、すぐにジョゼフが駆けつけて、脈や呼吸、心音を確認した。そのあとで、黒い革製の往診鞄から点滴道具を取り出し、ぐったりとベッドに横たわるテオの右腕の中心に点滴針を刺した。そうしてしばらく待つと、青白かった頬に赤みが戻ってきた。ほっと安堵の息を吐いたジョゼフは、責めるような視線をカロリーナに向ける。
「……カロリーナ様。テオ様は目覚めたばかりの病人なのですよ! 労わるどころか、動揺させて、追いつめてしまわれるなんて!」
「もっ、申し訳ありませんでしたわ……」
カロリーナは、いつもの気位の高さをなくし、顔を青くしておろおろしていた。
はぁ、と苛立ったようなため息をついたジョゼフは、眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。
「謝るのは私ではなく、テオ様がお目覚めになった際、ご本人に直接謝罪なさってください!」
ピシャリ! とすげなく言われ、カロリーナはしょんぼりと肩を落として、
「先生のおっしゃるとおりにいたしますわ……」
と言った。
緊迫した空気の中、しょぼくれるカロリーナを目にしたレオポルドとオズヴァルドは、亡霊でも見た気分で顔を見合わせた。
室内を、居心地の悪い沈黙が支配する。その沈黙を破り口火を切ったのは、苛立ちを隠そうともしていない、ジョゼフだった。
「私は患者に付き添っています。まだ話の続きがあるのでしたら、どうぞ別の部屋でお願いします」
三人はジョゼフに背中をぐいぐいと押され、ごみでも捨てるように、ぺいっと廊下に放り出されてしまった。そんな扱いを受けたのは、人生で初めてである生粋の貴族三名は、しばらくの間、ぼーっと扉を見つめていた。するとドアがわずかに開き、
「まだ居たんですか。静養の妨げになりますから、さっさと消えてください」
とジョゼフに言われて、ドアに鍵までかけられてしまう。
長いようで短い時間、身体から魂が抜けたようにぼーっとしていた三人は、言葉を交わすことなく立ち上がり、すごすごと談話室に向かったのだった。