すると視線を感じ、オズヴァルドは、レアンドロを見遣った。
「……なんだ? ボクに言いたいことでもあるのか?」
弟妹であるテオとカロリーナは、何故か兄のレアンドロを神聖視しているきらいがあるが、幼い頃から付き合いのあるオズヴァルドは、なぜそこまで慕うのか理解できない。
僅か十歳で両親を同時に亡くし、二人の幼い弟妹を悪の手から守り抜きながら、見事当主として敏腕を振るったからだろうか?
(……そういうボクも、オルランド兄さんを神聖視していたのだったな……)
フッと自嘲気味に笑うが、それについてレアンドロは追求することなく、
「オズがテオを助けてくれたのだろう? 兄として礼を言いたい。どうもありがとう」
普段、めったに頭を下げることがないであろうレアンドロに頭を下げられても、オズヴァルドの心は凪いだままだった。
「礼など必要ない。それよりも、早く本題に入らないか? 時間は有限なんだ」
「ちょっと、オズ! あなたねぇ――」
オズヴァルドの歯に衣着せぬもの言いに、眉をつり上げたカロリーナが口を挟もうとしたが、レアンドロに無言で制されて、しぶしぶ矛を収めた。
「オズの言う通りだね。シルティアーナの森について、カロリーナからある程度は話を聞いたようだけれど、私の方が詳しいだろう。――さて。私に何を聞きたいのかな?」
「シルティアーナの森はなぜ秘匿されている? レオポルドが言うには、警備が強固で、場合によっては森に近づいた者の命を奪うことも厭わないらしいが」
オズヴァルドが前のめりに訊ねると、レアンドロは長い足を組み替えて両腕を組み、右手を頬に添えた。それから、ふぅと疲労感の滲んだ息を吐く。
「
突然、話を振られたレオポルドは、
「いやぁ~、オレはステルラの人間なんで。他国のことを悪くは言えませんよ」
ハハハとわざとらしく笑いながら、レオポルドは綺麗にセットされた髪を、くしゃくしゃっとかき乱す。
「そうかい」と、レアンドロは気のない返事をして、前かがみになった。
「意外とつまらない男なんだね。レオポルド君」
「アハハ……ソレハドウモ」
何を言っても張り合いがないことに倦怠を覚えたのか、レアンドロは姿勢を元に戻して、組んだ両手を膝の上に置いた。
「あの森には神秘的な泉があるらしいんだ。口伝でしか伝えられていないが、かつてエフィーリアが召喚されたのがその泉なんだよ。真実かどうかは分からないが、その泉の水を飲めば、不老不死になるらしい。……全く、馬鹿げた話だよ」
「……でも、国王陛下はその力を信じている。だから存在を秘匿して、少しでも森に近付こうとした者を、徹底的に排除しているってことなんだな。――それに、実際にエフィーリアは召喚されて存在していた。ボク達がここに居ることが、その証なんじゃないか?」
「それは……そうだね」
「それに、マルヴァーネには、ボクの治癒力――エフィーリアの聖力が通用したんだ。その泉に行けば、テオを助けることができ、」
「そんなの駄目に決まっていますわ!!」と、カロリーナが、怒声を上げながらソファから立ち上がった。
オズヴァルドは眉間にシワを寄せて、
「何故、そんなに反対する? マルヴァーネに苦しめられているテオのことを救いたくないのか?」
「そ、れは……っ、……駄目! やっぱり駄目ですわ!」
「どうしても行くと言うなら、あなた一人で行ったらどうですの!?」と、カロリーナは、ヒステリックに叫ぶ。
話にならないと判断したオズヴァルドは、お前が説明しろと、レアンドロに視線を送った。
瞳を潤ませるカロリーナを一瞥して、レアンドロはハァとため息をつく。それから、落ち着きなさいとカロリーナを諌めて、記憶を掘り起こすようにとうとうと話しだした。
「……テオが幼い頃、三日三晩、原因不明の高熱で苦しんだことがあったのだよ。腕利きの医者でも、高い薬でも治せなかった。そこで、エフィーリアの子孫だった父上が、シルティアーナの森にある泉の存在を思い出した。その頃には、すでに立ち入り禁止区域になっていたシルティアーナの森へ立ち入る許可を国王に求めたが、許可が下りることはなかった」
「まさか、伯爵夫妻は……」と、オズヴァルドは、この後に続くであろう話が嘘であることを願った。しかし――
「一刻の猶予もなくなって焦った両親は、国王の許可を得ることなくシルティアーナの森に向かって……命を落としたのだよ」
「表向きは馬車の転落事故、ということになっているが、おそらく……」と、レアンドロは、最後の言葉を濁した。
「もしかすると……いや、十中八九、危険な目に遭うだろう。それでもオズ。君は、テオを連れてシルティアーナの森に行くというのかい?」
レアンドロの問いかけに、オズヴァルドは、迷うことなく頷いた。
「このままだと、テオはマルヴァーネに苦しめられ続ける。ボクは、発作を起こして衰弱していくテオの姿を、ただ黙って眺めているなんてことはできない。ほんの僅かでも、テオが助かる可能性があるのなら、ボクはそれにかけてみたい」
「一縷の望みにかける、と?」
「そうだ」
レアンドロは、こちらの真意をはかるかのように、じっと見つめてくる。心の奥底まで見透かすような、どこまでも澄んだ蒼穹の瞳に、本能的に恐れを感じてしまう。
――お互いに睨み合って、どれくらいの時が流れただろうか。
額に滲んだ汗が、肌を伝って、まつ毛をぬらした。反射的に瞬きをしてしまいそうになったが、ぐっと堪えて、更に目を見開いた。――そうして先に折れたのは、レアンドロの方だった。
「……私の負けだよ。オズ。君が望むとおりにしよう」
「お兄様っ!」
「キャリー。黙っていなさい。他でもない私の決定に、異を唱えるというのかい?」
「っ、!」
レアンドロの、底しれぬ海のような瞳にひたと見据えられ、カロリーナは諦めたように両目を閉じた。
レアンドロはカロリーナに向けていた視線をオズヴァルドに移し、
「恐らく危険が待ち受けているだろう。その危険から、必ずテオを守ると約束してくれるかい?」
「当たり前だ。約束しよう」
「……そうか。それなら安心だ」
言って、レアンドロは、ゆっくりと目蓋を閉じたのだった。