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第57話 ライバルの流儀

 テオを見舞うと言って席を立ったレアンドロを追いかけて、カロリーナも部屋から出ていった。


 談話室に残されたレオポルドとオズヴァルドは、知らず知らずのうちに詰めていた息を、はぁ〜と吐き出して姿勢を崩す。そうしてオズヴァルドは、何気なくレオポルドを一瞥して――後悔した。


 レオポルドは、苛立ちを隠そうともせず、鬱陶しそうに前髪を掻き上げて、チッ! と舌打ちをする。――どうやら、オズヴァルドの前では、本性を隠す気はないようだ。


 レオポルドは足を組み、頭の後ろで両手を組むと、


「ったく、お前さぁ。オレになんの相談もせずに、あんな無謀な提案するんじゃねーよ」


 と言った。


 オズヴァルドは、フンと鼻を鳴らして、


「別に、お前も一緒に来いとは言っていない」


 と言い返す。


 「はあ!? お前。それ本気で言ってんの!?」と、レオポルドは、テーブルの天板をバン! と叩いて立ち上がった。


 今にもテーブルを乗り越えてきそうなレオポルドに向かって、オズヴァルドは、


「うるさい、大声を出すな! それと、物に当たるのはやめろ! お前。一応、貴族だろう? ぁ……いや、聖職者? だが貴族で…………はぁ?」


「いやいやいや。お前、馬鹿なの? 自分で言って、自分でキレてんじゃん! オレは貴族! イテーリオ子爵家の長男で問題児。そんで、テオの彼氏になる男!」


「おい! テオの彼氏になるのはボクだ!」


 途端、二人の間に沈黙が落ちる。互いに睨み合い、時間だけが過ぎていく。そうして口火を切ったのは、レオポルドだった。


「……よーやく自覚したのか、マヌケ」


「ああ。お前が発破をかけてくれたおかげでな、クズ」


「クズはただの悪口だろーが!!」


好きな男テオがいるくせに、他の連中にも手を出すカスのことを、他になんと呼べばいい?」


「カスって言うな! ……テオと出会ってからは、誰とも遊んでねーよ」


「……そうなのか?」


 「そーだよっ」と、レオポルドは、拳を震わせながら言った。


「――フン。まあ、いい。お前が誰とどうなろうと、テオが傷つかないならどうでもいい話だ」


 オズヴァルドの言葉に、レオポルドはハッと冷笑を浮かべる。


「なんだよそれ。まるで、テオがオレのことを好きじゃないみてーに言いやがって。……まさか、テオが惚れてる相手は自分だ、とかふざけたこと言わねーよな?」


 そう言って、ボスンッとソファに腰を下ろして片膝を立てたレオポルドに、オズヴァルドは心底呆れた表情を向けた。


「ボクがそんな自惚れ屋に見えるか? それに、お前が言ったんだろう。『テオに苦手意識を持たれている』とな」


 「へ〜、お前。それ、信じたの?」と、レオポルドは、煽るように言ってくる。


 だが、オズヴァルドはその挑発にはのらず、両肘を腿の上にのせ、組んだ両手の指の背に顎を乗せた。


「レオ。お前がボクを、アルバーニの丘に残して立ち去ったあと、いろいろと考える時間ができてな。自分でも、思うところがあったんだ」


「へー。そりゃよかったな。感謝してくれていいんだぜ?」


 クックッと楽しげに笑うレオポルドを一瞥し、オズヴァルドは、不快感を隠すことなく表情に出した。その顔を見たレオポルドが、片頬を引きつらせながら、


「その、道端に落ちてるごみを見るような目で、オレのこと見ないでくれない?」


 と言った。オズヴァルドは眉をひそめて、


「お前……自分がごみだと思っているのか?」


「いや。思ってないけど?」


 「お前はちりで十分だ」と、嘲笑あざわらったオズヴァルドに、


 「このやろ……っ」と、レオポルドは、テーブルの上に身を乗り出して掴みかかろうとした。


 しかしオズヴァルドは、胸ぐらを掴もうとしてきた手をひらりとかわし、ハァとため息を吐いた。


「レオ。その喧嘩っ早い性格は直した方がいい。それにこのシャツは、アルバーニ家に借りているものだ。お前のせいで駄目にする気か? テオが事情を知ったら、お前の評価は地に落ちるだろうな?」


 「チッ……卑怯者め」と、レオポルドは、悔しそうに睨みつけてくる。それからしばらく経ってから、ふてくされた態度を見せながらも、大人しくソファに座りなおした。


「……で? シルティアーナの森に関わるのは命がけだぜ? これは大袈裟に言ってるんじゃねえ。ステルラの大神殿も、シルティアーナの森には、簡単に手を出せないくらい危険な場所なんだ。……お前はテオのために、命をかける覚悟があるのか?」


「そんなの、」


 『当たり前だ』と、即答しようとしたが、脳裏に両親と兄・オルランドの姿がよぎって閉口してしまう。それを見たレオポルドが、ハッ! と、嘲笑った。


「なーにが、『マルヴァーネに苦しめられているテオのことを救いたくないのか?』だ! テオ以外のものを捨て去る気がないなら、半端な覚悟で大層なことぬかすんじゃねーよ」


 「口先だけの野郎に、かわいいテオを渡せるか」と、レオポルドは、立てている片膝に腕をのせた。


「……お前には、失ってしまうかもしれないと、悲しませてしまうかもしれないと、躊躇するような大切な存在はいないのか?」


「あ? いるさ。そんなの、テオに決まってるっつーの」


 「家族は、」と、言いかけて、アルバーニの丘での一件が脳裏をよぎる。


『口でかなわないと分かったら、すぐに暴力をふるおうとする。とても貴族の子息とは思えないな。お前の両親は、しつけ方を間違えたらしい』


『オズ! 言いすぎだ!』


 レオポルドとオズヴァルドが喧嘩していても、「まあまあ」とやんわり止めに入るだけのテオが、あの時初めて声を荒げた。


(……大神官の隠し子という立場でいながら、レオポルドは、イテーリオ子爵家の長男として生きている)


 あの時は何も知らずに言葉を発したが、今なら、レオポルドが複雑な立場に置かれていると察することは容易だった。


 オズヴァルドが何も言えずにいると、レオポルドは、


「……勝手に想像して、変な気遣うんじゃねーよ。オレのことを憐れんでもいいのはテオだけだ」


 言って、不愉快そうにオズヴァルドから視線を外した。


「……すまない」


「謝んな。気色わりーな」


 普段なら必ず言い返す言葉にも何も言い返せずにいると、レオポルドは、


「はー……やりづれぇ……」


 と言って、ソファから立ち上がった。


 オズヴァルドは、座ったままレオポルドを見上げる。


「……どこに行く?」


「あ? ディナーだよ、ディナー。考えなきゃいけないことは山程あるんだ。食うもの食って、作戦練らなくちゃな」


 言って、レオポルドは、ひらひらと左手を振りながら談話室から出ていった。そうして扉が閉まる瞬間、僅かに沈んだレオポルドの横顔が見えて、オズヴァルドの胸中に、何とも言えない思いが去来する。


「……ライバルに対して余計な気をつかうなんて、余計なお世話以外のなにものでもないな」


 言って、オズヴァルドもソファから立ち上がり、談話室を後にしたのだった。

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