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第58話 旅の計画①

 レオポルドとオズヴァルドがディナーのメインディッシュに手をつけようとしていた時、食堂ダイニングのドアが開き、カロリーナが現れた。


 すんすんと鼻を鳴らしながら、目蓋を赤く腫らしたカロリーナは、二人の姿を見るなりキッと睨みつける。


「……あなたたち……っ、テオが意識を取り戻していないのに、よく食事が喉を通りますわね!? その上、テオを危険な目に合わせようとして……! 悪魔……あなたたちは、悪魔よ!!」


 「う……ううっ」とむせび泣き出したカロリーナは、ヨロリとよろけて、その場にへたり込んでしまった。


 「カロリーナ様!」と、専属メイドドールが駆け寄り、小刻みに震える肩を優しくさする。「床は冷とうございます。お立ちになってくださいませ」と言って、どうにかカロリーナを立ち上がらせると、ダイニングテーブルの椅子に座らせた。すると、もう一人のドールがトレーにガラス製のティーカップとティーポットを載せて持ってくる。


「カロリーナ様。気分が落ち着くハーブティーをお入れいたしました。こちらをお飲みになって、どうかお心を休めてくださいまし」


 そう言って、透き通った黄金色の液体をティーカップに注いだ。広々としたダイニングに、カモミールの仄かに甘く、爽やかな香りがふわりと漂う。


 カロリーナはすんっと鼻を鳴らしたあと、優雅にティーカップを持ち上げて、カモミールティーの香りを胸一杯に吸い込んだ。そうして、こくこくっと二口飲んでカップの縁から唇を離し、ほうっと穏やかな息を吐き出した。


「落ち着かれましたか?」


「ええ。とても。……ありがとう。あなたたちには、いつも助けてもらってばかりね」


「いいえ。私たちの本分は、カロリーナ様にお仕えして、心安らかにお過ごしいただけるようにつとめることですから」


 と、ドールは相変わらずの無表情で言った。


 通常ならば、ここでニコッと微笑んでもおかしくない場面だが、ドールたちはカロリーナに対しても表情を変えることはない。


 しかしカロリーナは気にした風もなく、「そう」とだけ言って、再びカップに口をつけた。


 少々気まずい空気の中、なんとかメインディッシュを食べ終えたレオポルドとオズヴァルドは、デザートを断りさっさと席を立とうとした。その時――


 「お待ちなさい」と、カロリーナが、凛とした声で言った。カロリーナは食事を摂っておらず、ちょうどハーブティーを飲み干したところだった。


 レオポルドとオズヴァルドは、視線を交わし合い、無言で押し付け合いをする。その結果、根負けしたオズヴァルドが、ため息とともに口を開いた。


「……キャリー。お前はまだ、食事を始めてもいないだろう? ボク達がいると、食欲が失せてしまうだろうから、席を外そうと思っているのだが――」


「あーら、嘘ばっかり。わたくしが怖くて、さっさとこの場から逃げ出したいだけのくせに」


「おい。バレてるぞ!」


「……お前は黙ってろ」


 ハァと疲労の滲んだため息を吐いたオズヴァルドは、


「逃げ出したいかはともかく、これから談話室で、レオと話し合いをする予定があるんだ」


「話し合い……あの森について、ですの?」


「そうだ。出発の予定は一週間後。その頃には、テオの怪我も完治しているだろうからな」


 「一週間後……」と、カロリーナは、表情を曇らせた。――やはり、テオのことが気がかりなのだろう。


 けれど、シルティアーナの森に行くことは、すでに決定していることだ。カロリーナがどんなに異を唱えようと、当主であるレアンドロが許可している以上、何の歯止めにもならない。テオ抜きで話を進めてしまっているが、テオは必ずオズヴァルド達に同意するだろうと、長い付き合いなので想像がついている。だからこそ、カロリーナも必死になって止めるのだろうが……。


 オズヴァルドは、コホンと空咳をして、


「それじゃあ、ボク達はこれで失礼す、」


 「わたくしも参加しますわ!」と、カロリーナは、椅子を倒さん勢いで立ち上がった。


「――は?」


「ええっ! お姉さんもですか!?」


 オズヴァルドが言葉を無くし、レオポルドが慌てる中、カロリーナだけは居丈高にフンと鼻を鳴らしたのだった。






 ――アルバーニ邸、談話室。


 暖炉前に設置されているカウチソファとセンターテーブル。その、もはやお決まりとなった定位置に、三人は腰を下ろした。


 事前に指示を出しておいたのか、センターテーブルの上には、すでに茶菓子と紅茶――カロリーナにはハーブティー――が置かれていた。


 とりあえずといった風に、三人はティーカップに手を伸ばし、それぞれの喉を潤した。そうしてほぼ同時に、カップをソーサーに戻し、最初に口を開いたのはカロリーナだった。


「――それで? シルティアーナの森……王都には、なにで向かうつもりですの?」


「その移動手段だが……アルバーニの丘に行ったことで、テオに馬での旅は無理だとわかった。ただ、三人で馬車を使うのは、警備が手薄になってしまうので論外だ。だから、テオには馬車に乗ってもらおうと思う。そして、ボクとレオが交代で御者をつとめて、一人は馬に乗って移動する。……どうだろうか?」


 と言って、カロリーナの顔色をうかがう。


 「あら。それは無理があるのではなくて?」と、カロリーナは、入室していた時から持っていたクラッチバッグを開いた。そうして中から、ハンカチに包んだなにかを取り出して、それをテーブルの上に置く。


「ここアルバーニ領は、王都からおよそ七百キロメートルは離れておりますのよ? 馬に乗って移動するならともかく、馬車で移動するとなると、馬を交換しながら順調にいっても二週間。馬を交換せずに行くのでしたら、余裕をもって、一カ月はかかると思っておいた方がよろしいですわね。……だというのに、供もつけずに行こうだなんて。無謀にも程がありますわ!」


「しかし、ボク達が向かうシルティアーナの森は危険な場所だ。それにその存在は秘匿されている。供をつけるのは無理だろう」


 オズヴァルドが眉間にシワを寄せると、カロリーナはにやりと口角を上げて、両腕と足を組んだ。


「それが、無理ではないんですのよ」


「――は?」


「えーっと、お姉さん。それはどういう……?」


 困惑する二人を愉快そうに見ると、カロリーナは先程出したハンカチを、美しく整えられた指先でトントンと叩いてみせた。


「供なら、この子たちに頼めばよろしいですわ」

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