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第59話 旅の計画②

 「この子たち?」と、オズヴァルドは、首を横に傾ける。チラッと隣を見ると、レオポルドも同じように首を傾げていた。


 二人を見たカロリーナは、ふふっと笑って満足そうな表情を浮かべ、焦らすようにゆっくりとハンカチを広げていく。そうしてハンカチの中から現れたのは、三枚のしおりだった。


「これは……押し花のしおり、か?」


「ええ、そうですわ。わたくしが手ずから作りましたの。……オズは以前、わたくしが、テオにプレゼントしたものを見ましたでしょう? まあ、あれは本当にただのしおりなのですけれど」


 そう言って、カロリーナは、しおりを一枚ずつテーブルの上に並べる。それからスゥッと息を吸うと、人差し指と中指を赤薔薇のしおりにのせて、静かに目蓋を閉じた。


「――愛情のメイアン」


 カロリーナが呟くと同時に、赤薔薇のしおりがまばゆい光を放ち始める。光とともに風が生じて、渦を巻き出し、オズヴァルドは思わず両目を細めた。風にあおられながら、ザアッと花吹雪が舞い散り、一瞬視界が遮られてしまう。そうして花びらが消え去る頃、カロリーナの隣に、赤い髪を高く結い上げて侍女服ローブ・モンタントを身にまとった妙齢の美しい女性が立っていた。


 驚いて声も出せないでいるオズヴァルドとレオポルドを置き去りにして、カロリーナは白薔薇のしおりに指先をのせる。


「――無邪気なアルバ」


 すると、先程と同じ現象が起こった。今度は絹糸のような白髪をもみあげ部分だけ伸ばし、それを三つ編みにした、十二、三歳くらいの少年が現れた。少年はにこにこと笑って、物珍しそうにサスペンダーや、膝小僧がのぞく短い丈のズボンを引っ張ったりしている。


 そして最後の一枚。


「――献身のアルフォンス」


 黄薔薇のしおりからは、レアンドロと同じ年頃の青年が姿を現した。青年は薄い黄色の髪を首の後ろでひとまとめにし、スラリとした体躯と高い身長で、見事に執事服を着こなしていた。


「三人とも。挨拶なさい」


 三人は、カロリーナが座っているソファの後ろに並ぶと、オズヴァルドとレオポルドに向かって恭しく礼をした。


「……と、いうことですの。この子たちを旅に連れていって下さいな。きっとお役に立ちますわ」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! キャリー、お前、その能力は……? いや、それよりも、その者達は一体……!?」


「そっ、そうっすよ! 説明! 説明を求めますっ」


 目を白黒させるレオポルドとオズヴァルドを見て、カロリーナは、


「あら。わたくしは、神の愛し子エフィーリアの子孫でしてよ? テオのプリマヴェラやあなたのゲリゾンだけでなく、わたくしにだって、精霊を生み出す力マノファータを使えて当然でしょう?」


「だが……ボクは今まで、何も知らなかったぞ?」


「だって、聞かれなかったんだもの」


 言って、ころころと笑うカロリーナは、イタズラが成功したような、満足気な表情を浮かべていた。それから表情を硬くして、


「――わたくしの能力はレアンドロお兄様とあなた達二人しか知らないわ。テオには、ドールと同じ存在だと説明してちょうだいな」


「何故だ? とても素晴らしい能力なのに」


「あら。あなた。頭が良いくせに、分からないんですの? わたくしのギフトは、押し花のしおりから花の精を生み出す力。もうお気づきかもしれないけれど、わたくしの専属メイドドールたちも、人ではありませんの。彼女たちは『忠実のプリュネ』。……ね? わかりますでしょう? わたくしがやろうと思えば、わたくし一人の力で、膨大な戦力を生み出すことが可能なのですわ」


「……確かに。そのことが外部に……いや、国王陛下にバレれば……」


「ええ。わたくしも消されてしまうでしょうね。……お父様とお母様と同じように」


 言って、カロリーナは痛みを堪えるように目を伏せた。それを見たオズヴァルドは、


「……わかった。キャリー。お前の言う通りにしよう。確かに、秘密を知る者は、少なければ少ないほどいいからな」


 と言って、視線を精霊たちに向ける。


「この者たちは、キャリーの言葉でなくても、ボク達に従うのか?」


「ええ。わたくしがそう願っている限り、この子達はあなた達の言う事を聞きますわ」


「……随分と、含みのある言い方だな」


「あら。テオの身になにかあれば、わたくしの意思ひとつで、いつでもあなたとイテーリオ子爵令息の命を奪うことができますのよ。……こう言えばご満足いただけて?」


 「オレは聞きたくなかったっす。お姉さん」と、レオポルドは、ブルッと身体を震わせた。顔を青ざめさせながら冷や汗を流す様子を見て、どこまでが本当で嘘なのだろう? と、オズヴァルドは薄ら寒さを感じる。


(……まあ。考えるだけ無駄か。そう興味があるわけではないしな)


 そう結論づけ、カロリーナへと視線を戻した。


「キャリー。質問があるのだが。その者たちは、寝食が必要なのか?」


 「いい着眼点ですわね」と、カロリーナは、かすかにほほ笑んでみせる。


「結論から言えば、どちらも必要ありませんわ。けれど、テオに怪しまれないために、をするべきですわね。……それに、万が一、ということもありますもの」


「万が一?」


 レオポルドの言葉に、カロリーナは、こくっと頷いた。


「あなた達。領内でテオの噂話が広まっているのをご存知?」


 問われて、オズヴァルドの脳裏に、騒動のあった村の記憶がよぎった。


「――ああ。テオが婚約破棄したことについて詳しく知っているようだったな」


「……そう。やはりね」


 と言って、カロリーナは、人差し指を顎に添える。それから数拍置いて、俯けていた顔を上げ、オズヴァルドを見てきた。


「婚約破棄の件は醜聞ですから、お兄様が邸内に、箝口令を敷きましたの。けれど……」


「何故か、外部に漏れてしまった……と?」


「ええ。使用人の中に数名、怪しい動きをしている者がいますの。けれど、中途半端に捕らえてしまえば、残った者が雇い主に報告しようとするはず。のちに禍根を残さない為には、一度に捕らえる必要がありますの」


「その、雇い主、というのはやはり?」


「王家に通じる者でしょうね」


 「薄汚いネズミがちょろちょろと。全く、目障りですこと」と、カロリーナは、ハッと冷笑を浮かべた。


「そんな状況で、こんな風に話していても大丈夫なんすか?」


 レオポルドの問いに、カロリーナは、


「ドール以外の使用人たちは、この部屋に近づけないように手を打っておりますの。その辺に抜かりはなくってよ。……病を運ぶ害獣は、罠にかけて一気に駆除するものでしょう?」


 言って、凄絶な微笑みを浮かべてみせた。


 レオポルドは、ひくっと口角を引きつらせて、


「……それなら安心っすね……」


 と、それ以上訊ねることはなかった。

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