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第60話 旅の計画③

「――話を戻しますけれど。わたくしの考えでは、テオの侍従として、馬車にはアルバに同乗してもらおうと思っておりますの。そして、御者台には、メイアンとアルフォンスに乗ってもらいましょう。あなた達。よろしくて?」


 言って、カロリーナは、顔を半分だけ後ろに向けた。


 メイアンとアルフォンスは落ち着いた様子で、「かしこまりました」と頭を下げ、アルバだけは元気よく「はーい! 了解でーす!」と右手を高く伸ばした。


 満足気に頷いたカロリーナを見て、オズヴァルドは、


「ちょっと待て。アルバはまだ子どもだろう? テオの侍従にするには、少し幼すぎじゃないか? それに、女性のメイアンを御者台に乗せるのは、少し負担が大きいのではないだろうか?」


 と言った。すると、カロリーナは目を丸くし、パチクリとまばたきをしたあとプッと吹き出した。


「ふふっ、あはははは!」


 ポスポスと、ソファを叩きながら大笑いする姿に、今度はオズヴァルドが目を丸くする。そうして数拍ののち、隣に座っているレオポルドに、


「……ボクは、何かおかしなことを言ったか?」


 と訊ねた。するとレオポルドは、うーんと首を横に傾けて、


「オレ、精霊に詳しいわけじゃないけどさー。どーっかで、精霊には性別や年齢が存在しない、って聞いた気がする……かも」


「は? そうなのか? だが、彼らの見た目は――」


「ふはっ! ふふっ……イ、イテーリオ子爵令息のおっしゃる通りですわ」


 カロリーナは、目尻ににじんだ涙を指先で拭いながら、むくっと上体を起こした。


「三人の容姿は、わたくしのイメージが反映されておりますの。ですので彼らは、わたくし次第で容姿を変えることが可能ですのよ。――ほら。このように」


 言って、カロリーナが指を鳴らすと、三人の姿はドール達と同じように変化した。そして、もう一度指を鳴らすと、先ほどまでの姿形に戻る。


 「ね?」と、カロリーナは、こてんと首を傾けた。


 ふむ、と物珍しそうに精霊たちを観察するオズヴァルドを一瞥してから、カロリーナはレオポルドに視線を向ける。


「それにしても意外でしたわ。イテーリオ子爵令息は物知りですのね? わたくし、正直、驚きましたの」


 レオポルドを褒めているはずなのに、その声音には温度がない。


「あの〜、オレ。なんか、まずいことでも言っちゃいました……?」


 「あら。そんなことはありませんわ。ただ、テオのご友人でよかったと、安心しただけですの」と、カロリーナは、ほほほと口もとをドレスの袖で隠して笑ってみせた。


 ――つまり、テオの友人でなければ……。


 レオポルドは、はははと引きつり笑いをしながら、


「……やっぱり、テオのお姉さん、こえぇ〜〜」


 と小さく呟いた。


 「聞こえてますわよ。イテーリオ子爵令息」と、カロリーナは、冷めてしまったハーブティーを口にする。それからカップをソーサーに戻すと、組んでいた足を組み替えて、


「さあ。あなた達は、戻っていなさい」


 と言って、パチンと指を鳴らした。するとメイアンたちはしおりの姿に戻り、ひらりと舞い落ちながら、吸い寄せられるようにカロリーナの手のひらに載った。カロリーナは、三枚のしおりをテーブルに並べると、


「これで供の件については解決しましたわね。――それで、ここからが本題なのですけれど……この計画はテオにかかっておりますの。でも、テオが同意してくれるかどうか……」


「そんなに難しい要求なのか?」


 カロリーナは、難しい顔をして、こくっと頷いた。


「あなた達が覚えているかは分かりませんけれど、以前ダイニングで、テオに話したことがありますのよ。わたくし、国王陛下から直々に、王都へ上京するよう求められておりますの。ですから、この状況を上手く利用しようと思っているのですけれど……テオに負担を強いることに……」


 「お姉さん! それって、もしかして……!?」と、レオポルドが、突然前のめりになった。それに対して、若干引き気味に上体をのけぞらせたカロリーナは、「……おそらく。イテーリオ子爵令息が考えてらっしゃる通りですわ」と言った。


 目を輝かせるレオポルドと、不快そうな表情を浮かべるカロリーナを交互に見遣ったオズヴァルドは、


「なんだ? ボクにはさっぱり分からない」


 と言って、眉間にシワを寄せながら、二人に説明を求めた。そして、話を聞いたオズヴァルドは、あっけにとられることになる。






 ――コンコン。と、扉をノックする音が談話室内に響き、三人はほぼ同時に口を閉じる。カロリーナは、二人に目配せすると、咳払いをして口を開いた。


「……あら。どなた?」


 カロリーナが警戒しつつ訊ねると、扉の向こうから抑揚のない声で、


「ドールでございます。カロリーナ様」


 と返事が返ってきた。カロリーナは、扉の向こうの気配を探る様子を見せて、無言でこくっと頷いてみせる。――どうやら、本当にドールで間違いないようだ。


 ほっと肩の力を抜いたレオポルドとオズヴァルドは、「お入りなさい」と、入室を許可したカロリーナの横顔を見た。スンとすまし顔を浮かべていたカロリーナだったが、


「姉上」


 と呼ぶ、甘く繊細な声を聞いた途端、花咲くような笑顔を浮かべた。


 「テオッ」と言って、急いでソファから立ち上がったカロリーナは、パジャマの上からガウンを羽織った姿のテオを、思いっきり抱きしめた。


 ――恐らく、目覚めてすぐに、こちらに来たのだろう。


 カロリーナを支えきれず、捻挫していたのも合わさって、思わずよろけてしまったテオを支えたのはドールだった。


 オズヴァルドは、テオの女性恐怖症のことを心配して、とっさに立ち上がった。――また発作を起こすのではないかと、身体に緊張が走る。


 しかし、テオはなんともないようで、ドールに向かって礼まで言っていた。


「……どういうことだ?」


 首を傾けたオズヴァルドのひざ裏を、レオポルドが、げしっと軽く蹴ってきた。


「ばーか。お前、もう忘れたのかよ?」


 「なに?」と、眉間にシワを寄せて、レオポルドを睨む。するとレオポルドは、頭の後ろで両手を組んで、だらしなくソファに寄りかかった。


「ついさっき、『精霊には性別が存在しない』って、賢いオレが教えてやっただろ? ドールは他の女とは違うって、テオも、なんとなく気づいてるんじゃないの?」


 言って、レオポルドは勢いをつけて立ち上がると、


「テオ〜〜! もう、大丈夫なのかよ〜? オレ、すっっっごく、心配したんだからな〜〜!」


 と、甘えた声を出しながらテオの元に向かって行った。


 残されたオズヴァルドは、「……そうか。テオが笑っていられるなら良かった」と言って微笑みを浮かべると、カロリーナと会話をするテオを見つめ、ホッと安堵の息を吐いたのだった。

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