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第69話 出発

「……アルフォンスと二人で積み荷や経路について、最終確認をしていたんです。そしたら、レオポルド様がオズヴァルド様に……えっと、その……」


 言いづらそうに言葉を詰まらせるアルバに、どんなことでも構わないから続きを話してくれと伝えると、数泊おいてから意を決したように口を開いた。


「テッ……テオ様と口づけなさったことを自慢してました……!」


「なんだって……!?」


 ひゃ〜! と赤くなった顔を両手で覆うアルバと反対に、テオは顔から血の気が引いていくのを感じる。


(なんでわざわざ、オズに言う必要がある……!)


「それで、話を聞くなり、オズヴァルド様が馬車に向かわれて……。その後を追ったレオポルド様と二人で戻って来られたと思ったら、酷く言い争いながら、剣を抜いて裏庭に……。仲裁に入ったアルフォンスとメイアンの言葉をお聞きにならず、二人に言われるがまま、急いでテオ様を呼びに来たんです」


「そうだったのか……! だったら尚のこと、俺が仲裁しに行かないと!」


 言って、席を立とうとすれば、アルバに制されてしまった。


「いけません……! カロリーナ様が、ここで待つようにおっしゃったではありませんかっ。それにぼくは、一度失態を犯してしまっていて……またカロリーナ様のご命令を無視すれば、ぼ、ぼくは消されてしまいます……っ!」


 感情豊かな子どもだからか、侍従らしく難しい言葉を使いこなす一方で、感情の振れ幅が大きい。


 アルバは大きな金の瞳を潤ませて、


「ぼくはまだ消えたくありません!」


 と言って、わんわんと声を上げて泣き出してしまった。ボロボロと大粒の涙を流すアルバに動揺し、テオはアルバの隣に座り、小さな頭を抱きしめる。


「アルバ……泣かないでくれ……流石の姉上も、アルバみたいに幼い子どもに手を出すことはないはずだ」


 左腕で頭を抱えて、右手で細い腕を擦りながら、あやすように優しい声で語りかけた。が、アルバはふるふると首を左右に振って、テオの言葉を否定する。


「いいえ、いいえ! カロリーナ様はやるとおっしゃったらやるお方です! お願いします、テオ様! ぼくと一緒に、ここに居てください……っ!」


 「お願いします! お願いします!」と、アルバは、何度も頭を下げて懇願してくる。


「アルバ……」


 首を痛めるのではないかと心配になるくらいの上下運動を、身体ごと抱きしめることで静止させた。いきなり抱き込まれて驚いたのだろう。アルバはヒックとしゃっくりを繰り返しながら、恐る恐るテオを見上げてきた。


「……テオ様……?」


 腫れ上がってしまった二重まぶたを優しくなでて、テオはフッと眉尻を下げて微笑んだ。


「――わかった。アルバと一緒にいる。だからもう泣かないでくれ。な?」


 アルバは、ヒック! と一際大きくしゃっくりをしたあと、ふえぇと顔を歪めて、何度も礼を言ってきた。


 テオはそれを止めることはせず、ただ黙ってアルバが泣き止むの待ちながら、ふと窓の外の青空を見遣った。


 ――出発の時間はとうに過ぎている。


(……前途多難だな)


 テオは小さくため息を吐いたのだった。






 ――その頃一方、レオポルドとオズヴァルドは、アルフォンスとメイアンが繰り出した薔薇の蔓に絡み取られて身動きを封じられていた。そしてアルフォンスとメイアンの間には、身体のラインに沿ったブラックドレスを華麗に着こなす、カロリーナの姿があった。


「あなた達。わたくしの可愛いテオを放っておいて、何を馬鹿なことをしているの?」


 言って、豊かな黒髪をかき上げる。


 身動きすればするほど拘束力を増す棘の蔓に、レオポルドとオズヴァルドは顔を歪めた。


 自力で抜け出すことを諦めたオズヴァルドは、はぁとため息を吐いて、


「キャリー……とりあえず降ろしてくれないか?」


 と言った。それに便乗して、レオポルドが愛想笑いを浮かべる。


「お姉さん。驚かせてしまってすんません! オズとは、ちょっとした行き違いがあっただけなんですよ〜〜」


 アハハと笑って、無害を主張するレオポルドを、オズヴァルドは不快な気分で一瞥した。


「……どの口が言ってるんだ」


 小声で呟いたのだが、地獄耳のレオポルドには聞こえたらしく、無理やり口角を上げた不自然な笑みを向けてきた。


「うるせぇな。お前は黙ってろよ」


 いつものチャラい姿からは想像できないような、低くどすの利いた声音で言われ、オズヴァルドはハッ! と冷笑を浮かべた。


「キャリーの前で本性を現してもいいのか? 二度とテオに近づけなくなるかもしれないぞ」


「それはお前も一緒だろーが!」


 宙にぶら下がったまま、険悪なムードで睨み合う二人を見遣り、カロリーナは呆れたようなため息を吐いた。


「……今更ですけれど。あなた達にテオを任せてよかったのか、非常に後悔していますわ」


 「けれど、あなた達以外、適任者がいないのも事実」と、カロリーナは、アルフォンスとメイアンに手を振った。すると、薔薇の蔓が解けていき、ようやく二人は自由の身になった。


「……あなた達の間に何があったのか知りませんけれど、テオを悲しませることだけはしないようになさい。もし、次にテオを泣かせるようなことがあれば……全部言わなくても、分かりますわね?」


 カロリーナは表情を無くして、ギラギラとした炎のような赤い瞳を向けてきた。


(……正直、約束はしかねるが……)


 この旅でテオにアピールをしまくるつもりのオズヴァルドは、いつもの鉄面皮を浮かべて、神妙に頷いてみせた。隣から、もの言いたげな視線を感じたが、当然スルーする。


 チラッとレオポルドを一瞥すれば、本人はすぐさま視線をそらし、片手を後頭部に当てながらヘラヘラ笑って「もちろんですよ〜」と答えた。


 カロリーナはオズヴァルドとレオポルドをギロッとめつけてから、


「――いいですわ。その言葉、信じましょう」


 と言って、フン! と鼻を鳴らした。……信用されていないのは、その態度と視線から明らかだった。


 しかし、カロリーナのことだ。本気でテオの護衛を外されることもあり得たので、内心ホッとする。それはレオポルドも同じだったようで、安堵のため息を吐いていた。


(……先が思いやられるな)


 そう思いながら、各々各自の持ち場につき、一行はようやく王都に向けて出発したのだった。

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