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第43話


「陛下は、帝位を継いでから、短い期間で、長年の宿敵である西月国との和平を実現した。過去百年、誰もなしえなかったことを、彼は叶えてしまったのです。おそろしいことです。国内では強い反発はありましたが、ほとんどの民からすれば、歓迎されたでしょう。少し領土が増えたとしても、失ったものが多すぎる」

 先代陛下の最大の功績である戦争を否定する発言。下手をすれば、不敬とも言えるほどの問題発言だけど、私は納得してしまう。


「私は、陛下と翠蓮様の婚姻を歓迎した立場です。あなたたちが、手を取り合えば、見たこともない地平を見ることができる。私も楽しみにしております。そして、その新しい世界を見るのが私の夢です」

 遠い方向を見る彼に同調して、私も同じ方向を見る。

 一瞬、人影が見えて、梅の木の反対側に隠れた。誰だろう。背格好を考えたら女性ではなかった。宦官が仕事をサボっているのだろうか。


 でも、どこかで見覚えがある。というよりも、見間違えるはずがない。陛下だ。

 彼は、少しバツが悪そうな顔をして、逃げてしまった。大長秋様も苦笑いしている。


「翠蓮様、言い忘れましたが、陛下が夕食をご一緒したいと」

 私はそのいたずらな笑みを気づいて、つられる。


「もちろんです。私も聞いてみたいことができましたので」



 梅を見る会は大盛況で終わった。芽衣も美味しいお菓子をたくさん食べられたうえに、みんなから「企画ありがとうね」とか「あなたのおかげで久しぶりに楽しかったわ」とか「準備、大変だったでしょう」などのねぎらいの言葉をもらって泣きそうになっていた。


 私も最初は敵だらけだった自分の周りにこんなに味方が増えたのかと驚くとともに、自分の居場所がどんどん増えていくような感覚を受けてうれしくなる。芽衣も私も最初は罪人のように扱われていたから余計にそう思ってしまう。


 大長秋様も近づいてきてくれて、芽衣をねぎらった後、私に小声でつぶやく。

「これで四妃筆頭の梅蘭様と翠蓮様の友好関係が強くアピールすることができましたな。こうなれば、面と向かって、あなた方をおとしめることはできなくなるでしょうね」

 確かにそうだと思った。芽衣はここまで考えていなかったと思うけど、それでも、この会は政治的にも大きな意味があった。大長秋様もこの会に参加したとなれば、私たちの友好関係をさらに強く打ち出すことができるということか。さすがは、後宮の尚書と呼ばれる大宦官ね。


 そして、私は夕食に間に合うように準備を整える。

 女官たちは少しだけ色めき立っていた。

「もしかすると、陛下はこちらにお泊りなさる可能性もありますよね」

 化粧をしてくれた若い女官は、私にボソッとつぶやく。思わず顔が熱くなってしまう。でも、たしかにそうだ。私は陛下の妃。今まで男女の関係にならずに、ただ政治的な話しかしてこなかったけど、もしかしたらそうなることだってあり得る。でも、その可能性は低いと思う。陛下の性格を考えれば、仕事に悩みがあるから、私と相談したいだけ。


 悩み事があれば、なかなか眠れなくなってしまうから、それを先に解消したいのだと思った。


「期待はしない方がいいわよ」

 私はそう返して笑ってしまう。期待ってなに? 私は期待しているの? 陛下に夕食を一笑に食べようと言われて、舞い上がっている。


 私たちは両国の平和のために見せかけの結婚をしているだけ。少しずつ信頼関係はできあがってきているけど、それはあくまで政治的な安定の為だけだ。勘違いしてはいけない。


 陛下だっていつも言っている。自分は誰も愛するつもりはないと。

 あの献身的な梅蘭様ですら、陛下の心を開くことはできていないのに。出会ってからほとんど日が経っていない私がそんなことを考えること自体、愚かだとすら思う。


 期待すればするほど、それがかなわなかった時が苦しいのに。

 どうして、自分は口元が笑うのを抑えることはできないのだろう。


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