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第44話


 ※


 夕食はとても豪華だった。先代皇帝陛下は、50品以上の料理を毎晩用意させていたと聞く。陛下は「そこまで豪華な夕食を用意されても食べきれない」と慣習を改めて、かなり質素な食事に変更したと聞く。


 それでも、私のために食事の質を上げてくれたようで、作るのに手間がかかる「文思豆腐(ウェンシトウフ)」や鴨料理が並んでいた。


「文思豆腐(ウェンシトウフ)」というのは、中華の宮廷料理の代表的な料理だ。細かく刻んだ豆腐とニンジンやキュウリを入れた色鮮やかなスープのことだ。豆腐を5000回包丁で切る必要があり、まるで豆腐が糸のように細くなって煮込まれている。そこまで丁寧に切り刻むにはすぐれた料理人の腕が必要であり、さすがは皇帝陛下の料理人ということね。


 鴨料理は、遊牧民族である私たちにもなじみのある料理だ。

 もともと元朝経由で、中華王朝の宮廷料理のラインナップに加わったと聞いたことがある。元朝は、モンゴルのチンギス=ハンの子孫が作った王朝で、文化的にも遊牧民族の影響を強く受けている。その王朝の影響で、漢民族の文化と遊牧民族の文化が混ざり合って、新しい文化が生まれた。それをわざわざ出してくれたということは陛下の配慮だろうと思う。


 今後も、元朝のようにお互いの国の良いところを参考にしながら、国をよりよくしていこう。そんな覚悟が感じられた。


「どうだ、翠蓮」

 陛下は少しだけ心配そうな顔で私をのぞき込んでいた。


「ええ、とてもおいしいです」


「それはよかった」

 陛下は満足そうに笑う。どこか、故郷を思い出してしまう料理。陛下の心遣いに胸が熱くなる。


「陛下、梅を見る会に顔を出していただきありがとうございました」

 すぐに逃げてしまったけどね。

 陛下はとぼけた顔で、「何を言っている。今日の午後はずっと執務で部屋から出ていないぞ」と笑った。周囲の宦官や女官たちもうなずいた。


 私は思わず笑ってしまう。きっと照れ隠しだろう。

 でも、見逃すことはできなかった。


「陛下、服の方が少し汚れていますよ」

 私の指摘に陛下は目を丸くして、肩を震わせた。

 あわてて、黄色い粉をはたき落としていた。


「ふふ」と私は笑った。肩に付着していたのは、黄色い梅の花粉。よほど、梅に近づかなければ、付着することはない。きっと、私に見つかりそうになって、梅の木の陰に隠れた時にでも付いてしまったのだろう。


 少しだけばつが悪そうに陛下は頭をかいた。

 宦官や女官たちが知らなかったということは、監視の目を欺いて抜け出したのだろう。陛下は意外とやんちゃなところがある。


 でも、これ以上指摘してしまうと監視していたはずの者が罰を受けてしまうかもしれないので、私たちは口をつぐんだ。


 少しだけお酒も飲み、楽しい夕食は終わりに向かっていく。

 そういえば、仕事の話は一度も出ることはなかった。


「翠蓮。食事の後に少し付き合ってはもらえないか。昼に忙しくて、一緒に梅を見ることができなかった埋め合わせをさせてもらいたい」


「はい、もちろんです」

 あえて、無粋な指摘はしない。でも、どうしても胸が高まってしまう。だって、初めて陛下の方から純粋に誘ってもらえたのだから。うれしくないわけがない。幸せな気持ちで胸がしめつけられるほどうれしい。私は即答し、夕食の後の散歩に心が向かっていく。


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