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―大長秋視点―
「本当ですか」
思わず陛下からの命令に驚いた声を上げてしまった。
陛下が今宵は翠蓮様と過ごすと言われたからだ。
いや、二人の関係は分かっていたし、お互いに心憎からずとも理解している。だが、立場が立場だ。どうしても、お互いに遠慮してしまうだろうし、踏み込むことも難しいだろうと思っていた。
もちろん、いつかは、二人は関係を進めるだろう。こちらからなにか圧をかけてもいいかもしれない。そうでもしなければ前に進まないと思っていた。
それを裏切られた。もちろん、嬉しく思ってしまう。
陛下は決断力に優れて、理想を示すことがうまい。典型的な国の頂点に立つべき人間だ。そして、翠蓮様は、それを支える鋭利な懐刀型。同じ性別なら、理想的なトップとナンバー2の関係。もちろん男女でも理想的だろう。お互いに支えあえるのだから。
「おめでとうございます。陛下」
思わずそんな風に祝福してしまった。
「バカなことを言うな。酒を飲みながら、話をするだけだ」
もしかしたら何も起きないかもしれない。それでも、これは大きな一歩なのだ。
私は嬉しくなって、思わず顔をほころばせてしまった。
そうか、あの陛下がやっと自分以外に信用できる相手を見つけたのだと思うと少し寂しい反面、年齢を考えればいつまでも自分が陛下に仕えることはできないことを思い出し翠蓮様に思いを託すことができることに嬉しさをおぼえている。
私はこれを期待して陛下と翠蓮様を近づかせたのかもしれない。最初は、彼女の優秀さを見込んでお願いしていたわけだが、今となっては二人の関係がゆっくり進むことを見るのが好きになっていた。
二人は優秀なのに、どこか不器用だ。だからこそ、じれったくなる時もあるけど、二人の距離感でゆっくりと一緒に前を向いて歩くことが大事だと思う。
「最高の酒を用意させていただきます」
私にできることなど限られている。だから、せめてできることを頑張ろう。
「ありがとう。夕食も翠蓮が好きな遊牧民の料理も多く取り入れてくれ」
「わかっております」
二人の特別な夜に向けての準備が始まった。
きっと、翠蓮様も今頃は慌てて準備をしているだろう。
どうか、若い二人に幸が多いことを。