雷梧は、都のそんな事態など、今初めて知った。周りの将軍たちも同じらしく、ざわざわ話し始める。
「事態は急を告げている。わしはすぐにも楊国忠を討って、唐に平和を取り戻すつもりだ」
勢いのある声だった。
将軍たちは、逆に静まり返る。
雷梧は、あの王金鹿と方翔が皇帝への使者だったのだと気付いた。急に帰るはめになったのは、この密書のせいに違いない。
「楊国忠を討つ事は、陛下をお救いする事だ。頂ける恩賞はこれまでと比べ物にならんだろう。諸君は将軍だから、都に邸を構えて、女も囲える。それでもまだまだ余るぞ」
将軍たちから、期待と驚嘆の声が上がる。
雷梧も反射的に、あの舞姫の姉妹を思い出した。
長安を巻き込む戦。それはつまり、あの姉妹にも危険が及ぶという事ではないか。
「地図は行き渡ったな。まずは東都洛陽を目指す。わしと共に行く者は、声をあげろ!」
安禄山は右拳を高々と振り上げる。
数十人が、方々で雄叫びを上げた。それに遅れまいとするように、残りの将軍たちも次々に声を上げる。営舎の壁が、雷鳴に似た咆吼で震えた。
雷梧も、拳を振り上げて叫んでいた。
三日後、平廬河東范陽節度使安禄山は、兵数二十万と号して軍を発した。日は天宝十五載(西暦七五四年)、十一月九日。
「我らは安節度使の軍。天子より密詔を受け、逆賊楊国忠を討つ。速やかに城門を開けい!」
軍は途上の州県でこう叫び、勢いよく南下する。
しかし常山というところへ来たとき、先鋒だった雷梧は、太守(長官)に訊ねられた。
「こんな大軍が通るとは何故だ。おかしいぞ」
雷梧は返答に困って、指示を仰いだ。